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ブログエッセイ

リヴァイとハンジ、どっちが偉いの?『進撃の巨人』の謎を英語で推測する

私は漫画では読んだことはなくアニメのみですが、筆者この世にこんな面白い壮大なアニメがあったのか!と至る所に張り巡らされた伏線に驚き、さらに面白く感じる。さらに終盤になると、誰に感情移入して良いかわからなくなるほど、事態はアニメらしからぬやや...
遊郭・赤線跡をゆく

宗教都市高野山に遊郭が!?鶯谷の私娼窟

高野山…千年の歴史を持つ悠久の宗教都市。今や外国人観光客が殺到する世界的観光地ですが、高野山の名前が現在のように有名になったのは、フランスで発売された写真集がきっかけと言われています。実際、コロナ前の入山外国人の最多はずっとフランス人がトッ...
歴史探偵千夜一夜

シン・美章園物語 第二章 美章園の夢の跡【阪和線歴史紀行】

美章園の駅名の由来になった美章不動産が実際に分譲したと思われる住宅地がわずかに残っていたので、それを探索する。
歴史探偵千夜一夜

シン・美章園物語 第一章 美章園を作ったのは山岡美章ではなかった!本当に美章園をつくった男の物語【阪和線歴史紀行】

天王寺から阪和線の各駅停車に乗って数分、すると美章園という駅に到着します。特急や快速でぶっ飛ばすと視界にも入らない通過駅の一つですが、昭和初期に鉄道の開通と共に住宅地として開発された地域の一つです。美章園駅とその周辺の歴史は別記事で書くとし...
遊郭・赤線跡をゆく

弘前・紙漉町は元性地だった?消えた裏旅館街の痕跡を歩く|遊郭・赤線跡をゆく 番外編|

青森県弘前市には、かつて遊郭や色街が存在しました。その一つとしてネット上で語られるのが「紙漉町」です。現在は静かな住宅街ですが、かつて裏旅館街や隠れ売春の場所だった可能性が指摘されています。今回は、紙漉町の歴史と現地の様子を実際に歩いて調べ...
遊郭・赤線跡をゆく

弘前の「準遊郭」、新開地(青森県弘前市)|遊郭・赤線跡をゆく|

前回は弘前の伝統的な遊郭、寿町(北横町)を紹介しました。弘前の色街はこれだけ…先達のブログをサラッと読んでみても、横並びに同じことが書かれていました。が!私はここで終わりません。ここで終わっちゃ大枚はたいてわざわざ弘前まで来た甲斐がない。と...
遊郭・赤線跡をゆく

弘前北横町遊郭(青森県弘前市)|遊郭・赤線跡をゆく|

北津軽の城下町、弘前の遊郭史弘前の津軽藩では、遊女屋の設置は公には認められていませんでした。しかし、隠れ売春は常に行われえおり、ついには富田町という城から南東の位置にある町で黙認されていました。『弘前市史』によると、黙認といっても遊女屋らし...
遊郭・赤線跡をゆく

前橋の「準遊郭」乙種料理店(群馬県前橋市)|遊郭・赤線跡をゆく|

群馬県の県庁所在地である前橋市。グンマーの経済的な中心地が高崎のせいか、県庁所在地の割にはえらく地味なイメージがあります。以前住んでいた滋賀県大津市も、ホンマにここに県庁あるのん?というほど地味でしたが、前橋はその上をゆく地味さ。聞いた話に...
ブログエッセイ

徳山璉『ルンペン節』と昭和初期

ルンペン節の昭和史−ルンペンとはルンペンという言葉を知っているでしょうか。ルンペンとはドイツ語でボロ布という意味で、それが日本に入り、転じて「浮浪者」「失業者」という意味になりました。概してホームレスという意味と思って結構です。『キンキンの...
ブログエッセイ

磐城棚倉藩と井上正甫|東北のある藩と失脚した大名の生涯

棚倉藩はなぜ「転封の藩」と呼ばれたのか?江戸時代、多くの大名が入れ替わった理由とその歴史を解説。井上正甫の事件など具体例を交えながら、棚倉藩の特徴と実態をわかりやすく紹介する。
遊郭・赤線跡をゆく

水戸の花街物語① 奈良屋町(茨城県水戸市)|遊郭・赤線跡をゆく|

水戸黄門(徳川光圀)とケーズデンキと納豆で有名な水戸。遊郭はなかったがそれに等しい花街・私娼窟はあった。奈良屋町にあった私娼窟から赤線までの歴史。
お役立ち情報

Suicaがルームキーになるスマートホテル、HOTEL B4T いわきに泊まってみた

Suicaが鍵となるJR東日本の新しいコンセプトホテル、B4Tいわきの宿泊レポート・感想。
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