日本人が知らない、世界の仲が悪い国々

世界海外仲が悪い国々 ブログエッセイ

「みんな仲良くしようね」

「お隣さんに迷惑をかけない」

これは「常識」です。が、それは「日本だけの常識」であって、海外では通用しません。いや、理想論としては通用します。しかしあくまで理想論。

海外の常識は、

お隣だからって何で仲良くしないといけないんだよ!

です。
少なくても、日本的理想論及仲良論は通用しません。本当に仲良くして欲しい、仲良くしないといけないと心の底から思うなら、仲良くしないといけない確固たるロジックを用意しないと、外国人は納得しません。

例外でお隣なのに仲が良い例外的な国・地域は、北欧諸国とイスラム共同体。しかし、後者はカタールと周辺諸国の国交断絶や、スンニー派の国々とシーア派のイランなどの対立もあるので、もはや理想論だけになってしまいました。

現在、日本と台湾は過去最高なほど関係が良くなっています。人間関係で言えばラブラブのカップル状態、勝手に自分の彼女だと思っている中国が、悪質ストーカー化し仲を裂こうと必死です。

しかしながら、これはワールドワイドに見ると超例外。それでも両国の外交問題はゼロではないのです。

敢えて言うなら、世界は「お隣さんどうしみんな仲悪い」と最小公倍数的に考えて結構なのですが、その中でも日本人が案外知らない、かつ世界的に有名な「犬猿の仲」をお勉強していきたいと思います。

 

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トルコとギリシャ

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世界一有名な犬猿の仲です。知らぬは日本人ばかりなり。
この二カ国、国交を結んでいるのが「外交の世界七不思議です」と某外交官がつぶやくほど仲が悪い。

バックパッカーとしてトルコを旅していた頃、イスタンブール駐在の日本人商社マンから、トルコでやってはいけないタブー四箇条なるものを教えてもらいました。

1.左手で握手をするな、ものを受け取るな
(※イスラム教(とヒンドゥー教)では左手は「不浄の手」とされ、お尻を拭く時以外は基本使ってはいけません)

2.靴の裏or足の裏を人に向けるな
(※非常に無礼な行為だそうです。遠距離バスの注意書きにも、「携帯で通話するな」などに並んで書かれていました。英語で書かれていたので外国人向けなのでしょう)

3.アタテュルク(近代トルコの父)の悪口を言うな
(※「アタテュルク不敬罪」という刑法に引っかかる犯罪です。最近は「大統領不敬罪」もあり、外国人の逮捕者も出ています)

そして最後に、

4.ギリシャを褒めるな
そんなに仲悪いのか!?と訝しむかもしれませんが、本当に仲が悪いのです。商社マンいわく、「それが事実であっても褒めるな」。
サッカーワールドカップの欧州予選などでこの二カ国があたると、お互いの国の空気が戦争のような高揚感になるそうです。

 

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ところで、地中海にキプロスという島が浮かんでいます。金融業や観光業でGDPが案外高い国でもあり、シーズンになるとヨーロッパ中から観光客がやって来ます。

一見平和そうな島ですが、

 

北キプロスと南キプロス

南北に分かれて目下冷戦中という、きな臭い場所でもあります。
アジアで「南北に分かれた国」と言えば南北朝鮮を思い浮かべますが、ヨーロッパや中近東ではこのキプロスになります。
島の北部をトルコ、南部をギリシャ系住民で分けている状態ですが、それぞれバックにトルコ・ギリシャがいます。国際的に認められているのは南キプロスで、北キプロスを国として認めているのは、世界でもトルコだけ。北キプロスはトルコが資金援助して支えているので、事実上の植民地と言ってもいいでしょう。

トルコとギリシャは表向きには戦争していないものの、キプロスという島で代理戦争をしているようなものです。

ちなみに、パスポートに南キプロスのスタンプがあるとトルコ、北キプロスへ行くとギリシャと南キプロスへの入国が無条件で拒否されるので、旅行の際はご注意を。

 

■トルコとアルメニア

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この二ヶ国の因縁は、19世紀から20世紀に起こった「アルメニア人虐殺」にさかのぼります。
オスマントルコに住んでいたアルメニア人が、100万~150万人(アルメニア側主張)虐殺されたという事件ですが、「トルコ版ホロコースト」と言われている計画的虐殺だったとされています。が、真相はけっこう謎です。

しかし、トルコは虐殺の事実自体を否定。
そんなものアルメニア側のでっち上げだと相手にもしていなかったのですが、アルメニア側はアメリカ議会の民主党議員にロビー活動を行い、「ナチスと同等」という非難決議を採択させました。
これに激怒したトルコは、国交断絶上等だとアメリカに噛みつき、本当に国交断絶一歩手前だったと言われています。
しかし、次の子ブッシュ大統領と共和党が議決を否定することによって表向きは解決しています。しかし、アルメニアとトルコのせめぎあいはアメリカを舞台に今でも続いています。

よって、この二カ国は国境を接しているものの、封鎖されたり開いたりと安定していません。旅行に関しては、トルコからアルメニアに直接入れそうで、入れないことが多いです。国交も外交官交換はしているものの、関係は冷え切っています。

 

■アルメニアとアゼルバイジャン(2020/9/30追記)

2020年9月下旬、コーカサスに砲撃の音が再び鳴り響きました。しばらくなりを潜めていたナゴルノカラバフが再び目覚めたのです。

ナゴルノカラバフ…初めて聞く方はなんだこの舌を噛みそうな名前はと驚くでしょうが、国際政治学や地政学に詳しい人であれば、嗚呼、あのナゴルノカラバフかとすぐピンとくるほど有名な地域です。コーカサスの火薬庫という異名もあります。

ナゴルノカラバフ

この地域は、地図を見てもらうとわかるとおり、アゼルバイジャンの領土内にある地域ですが、歴史的に元々アルメニア人が多く、イスラム教(シーア派)が多数を占めるアゼルバイジャンの中でも、キリスト教(アルメニア正教)の教会や遺産が多い場所でもあります。それゆえ、いざこざも絶えなかったと言います。

ソ連時代は権勢で抑えられていたナゴルノカラバフですが、ソ連も末期になり隅々にまでコントロールが効かなくなると、アルメニアへの併合を要求します。20世紀前半には人口比9割と圧倒的だったアルメニア人が、ソ連に無理矢理アゼルバイジャンに併合されて以降は、アゼルバイジャン人(つまりイスラム教徒)の流入で7割にまで落ち込み、民族意識が非常に高いアルメニア系を刺激したためと言われています。
アゼルバイジャンはもちろん反対しますが、併合を支援するアルメニアといざこざが再燃し、現在に至っています。

ナゴルノカラバフは、実は独立して「ナゴルノ・カラバフ共和国」となっています。アルメニアの首都エレバンには「大使館」もあります。が、承認しているのはアルメニア一国のみ。ほとんど「口だけ共和国」状態となっています。
実際に「共和国大使館」でビザを取ってナゴルノカラバフに行った日本人旅行者(という建前のフリージャーナリスト)によると、観光資源が豊富で気候も良く、戦争さえなければすごく良いところだったそうなんですけどね~。

ナゴルノカラバフ問題も絡み、アルメニアとアゼルバイジャンも非常に仲が悪い。実際戦争してますからね。もちろん、国境は接していても、絶賛国交断絶中につき通ることはできません。
アゼルバイジャンには、同じトルコ系ということでバックでトルコがついており、さらに同じイスラム教シーア派ということでイランもバックについていると言われています。
それに対し、民族性から「栄光ある孤立」を選ぶことが多いアルメニアはロシアと手を組み、それがナゴルノカラバフ問題をさらにややこしくしています。

日本とは縁がほぼないこの二国ですが、世界情勢ってややこしいな…と思わせると同時に、非常に勉強にもなるのが、このナゴルノカラバフ問題なのです。

■セルビアとクロアチア

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セルビアとクロアチアは、戦後の東西冷戦時代は「ユーゴスラビア」という一つの国でした。が、ヨシップ・ブロズ・チトーというカリスマ独裁者の政治力でつながっていただけのモザイク国家。
チトーの死後は団結のネジが緩み、冷戦が終わるとユーゴスラビアは空中崩壊したかのように一気に分裂しました。

今では、
・スロベニア
・クロアチア
・ボスニア・ヘルツェゴヴィナ
・セルビア
・マケドニア
・コソボ
・モンテネグロ
に分裂し、かつての「ユーゴスラビア連邦共和国」の面影はありません。
平成生まれの人なら、これらがかつて一つの国だったことすら信じられないかもしれません。

日本人は、国というものは「そこに常にある」もので、無くなるなどは思ったこともないはずです。しかし、国とはあるきっかけで、ある日忽然となくなるものなのです。
私がヨーロッパに行った1999年、ユーゴスラビアという国は確かにそこにありました。当時のパスポートに、入国・出国スタンプも残っています。
しかし数年後に、ユーゴスラビアは「セルビア」「モンテネグロ」、そして「コソボ」に分裂し、「ユーゴスラビア」はここに消滅。国が、それも自分自身がこの足で歩き、この目で見てきた国がなくなるとは、当時の私は全く思いませんでした。ソ連崩壊をリアルタイムで見ていた人間なのに、まだ思考が追いついてなかったのでしょう。

 

閑話休題。
旧ユーゴスラビアの中でも、とりわけクロアチアとセルビアはある歴史的経緯があり、かなり仲が悪いことで有名です。

時は第二次世界大戦の時。ナチス・ドイツは米英仏やソ連だけでなく、南ヨーロッパにも侵攻していました。
旧ユーゴのクロアチアやセルビアも同様で、当時の「ユーゴスラビア王国」は解体され、親ドイツの傀儡政権が誕生します。その新政権の中心はクロアチア人。対してそれに従わない旧王国派はセルビア人が中心でした。

その傀儡政権と親ナチスのクロアチア人団体は、セルビア人を目の敵にし虐殺し続けました。
じきにチトーを中心としたレジスタンス運動でユーゴは自力でドイツを追い出すことができました。ナチスの傀儡政権も同時に崩壊しました。

ちなみに、ユーゴスラビアは他の社会主義国と比べて、ソ連の顔色を伺うことがない独自の路線を歩んでいました。現在の40代後半以上の人は、社会主義国といってもユーゴスラビアは何か違ったマイペースな国だというイメージがあると思います。鉄のカーテンと言いましたが、ユーゴだけは日本人、ノービザでしたし。
その理由は「自力でドイツをやっつけた」という矜持から。言い方を変えれば「ソ連に全く借りがないから言うことを聞く必要がない」のです。

そして時代は冷戦からその崩壊へ。
セルビアはボスニア・ヘルツェゴヴィナ独立の際、クロアチア系やムスリム人(イスラム教徒)を、「民族浄化」という名目で大殺戮を行い、世界中から避難を浴びました。これは国際刑事犯罪ということで、国際司法裁判所でも裁かれました。
が、セルビア人に言わせるとこうです。

50年前の仕返しをしているだけ。我々が裁かれるなら、50年前のクロアチア人の大殺戮も同罪じゃねーか!

しかし、昔はみんな仲良く暮らしていたのに何故?という疑問も浮かびます。
極端でもなく、昨日までふつうに挨拶していた隣人から無視され、次の日には石を投げられ、その次の日には銃を持って襲撃された。こんな人がごまんといたのです。
国を誇りに思うナショナリズムは悪いことではありません。しかし、コントロールできない感情的ナショナリズムは排他的感情を生み、昨日までの隣人を平気で殺すんだなと。
私が、まだ内戦の傷跡やNATO軍の空爆の跡が残り、どこに埋まっているかわからない地雷に怯えながらボスニア・ヘルツェゴビナはじめ旧ユーゴ諸国を歩いた感想です。

 

■ハンガリーとルーマニア

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冷戦時代のハンガリーは、ユーゴスラビアと並び言論の自由がある程度保証されていました。ニュースでも自国を客観的視点で批判したりと比較的公平、ハンガリーのジャーナリズムは社会主義時代の方が質が高かったという人もいます。

その真逆が、お隣ルーマニア。

チャウシェスクルーマニア
(画像:Wikipedia英語版)

ルーマニアにはニコライ・チャウシェスクという独裁者が君臨しており、法律で「当局の許可なく外国人との接触禁止」とお触れがある半鎖国国家でした。デカい北朝鮮がヨーロッパにあったと思えばいいでしょう。
事実、チャウシェスクは中国や北朝鮮の独裁システム、国際政治学用語でいう”Oriental despotism”(「東洋的専制君主制」という意味)を参考にしたのだから。

もちろん報道の自由などはなく、テレビ放送も節電という名目で1日2時間だけ。そのうち1時間40分はチャウシェスクを称える番組だったと言うから、目も当てられません。

ルーマニアのある知識人いわく

チャウシェスクは頭がいいという人がいるが間違いだ。頭が良ければ、テレビで自画自賛の番組ばかり流さずもっと有効的な使い方をしていただろう

 

自国のテレビなどつまらないと感じたルーマニア国民は、国境を越えて電波が漏れて来るユーゴやハンガリー、ソ連のテレビを見ていました。

ルーマニアテレビ電波スピルオーバー
(NHKのテレビ番組より)

このように、ルーマニアには隣国のテレビ電波がかなり広範囲に入っていたので、少し背の高いアンテナがあればすぐ受信可能でした。
特にティミショアラという都市は、ハンガリーとユーゴスラビア(当時)に近いためどちらの電波も受信でき、ルーマニア人は自国のテレビも含め各国のニュースの見比べ、世界情勢をきちんと把握していました。

ルーマニアの民族は、ルーマニア人が約9割と圧倒的多数ですが、ハンガリー系住民も7%ほどいます。その多くが、ティミショアラに集まっています。
ルーマニアはチャウシェスク政権時から少数民族に対する扱いは冷たく、民族意識が強いハンガリーはそれに反感を持っていました。

ハンガリーのマスコミは常々ハンガリー系ルーマニア人の待遇改善を求めるTV番組を制作していましたが、ある日国営テレビが

これ以上ハンガリー系をいじめると、革命起きて政権が崩壊するぞ!

と強い口調で警告を発しました。
その5日後、ティミショアラで反政府暴動が起き、それがきっかけでチャウシェスク政権が崩壊、大統領が処刑されるという「ルーマニア革命」が起こりました。1989年12月のことです。

ルーマニア革命はハンガリーも一枚、あるいはそれ以上噛んでるという説が現在でも消えません。個人的にも、偶然にしてはタイミング良すぎではないかと思うのですが、いかんせん証拠がないので。

 

■ロシアとリトアニア

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この二カ国、今は直接国境を接してはいませんが、「元ソ連」つながりで紹介しておきます。

リトアニアはバルト三国の国の一つで、旧ソ連を構成していた国の一つです。
「命のビザ」で有名な日本の外交官杉原千畝の縁もあってか、国土と人口の割には親日や知日派が多い国であります。

この二カ国は仲が悪いというより、ソ連崩壊でリトアニアが、

やれやれ、やっとDV夫から離婚できるわ!!

とさっさと独立し、EUやNATOに加盟。DV夫から一方的に距離を置いているという感じです。リトアニアにとっては、EUは駆け込み寺、NATOは用心棒か警察かのような立場になっています。

ところで、同じバルト三国でも、エストニア・ラトビアに比べてリトアニアがスムーズに「離婚」できたのは、国民の民族構成が影響しています。
ソ連時代、労働者という名目でロシア系がたくさん流入したのですが、エストニアやラトビアのロシア系比率が3割から5割。彼らを無視して政策が行えないできない存在に対して、リトアニアはたったの5%弱。リトアニア人が人口の9割と圧倒的多数を占めていて、数%のロシア系に有無を言わせない状態です。嫌ならリトアニアから出て行け、お前らなんて要らねーよ以上。

リトアニア人の反ロシア感情もかなりキツい。
私がリトアニアを旅行した時は英語があまり通じず、ならロシア語で、旧ソ連だったし崩壊から10年経ってないからロシア語わかるだろう…とロシア語を離した途端、すさまじい罵声を浴びました。
リトアニア語だったので何を言われているのかわからなかったですが、相手は非常に怒って私を口汚く罵っているという空気は読めました。

周りの人が彼をなだめつつ、英語が話せる女子大生を呼んできて解説してもらったのですが、

リトアニアでロシア語話さない方がいいわよ。みんなソ連時代にひどい目に遭ってるから、ロシアは、ロシア語はもうみんなこりごりなの

エストニア・ラトビアでは全く問題がなかったので、リトアニアも同じだろうと安易に考えていた私の無知でした。
後で知ったことですが、リトアニアはソ連から独立した際、バルト三国の中で唯一血を流した国でした。ソ連軍が介入し住民に発砲したのです。その血がまだ乾いていない時期に行っただけに、リトアニア人の反ロシア感情は相当なものでした。今はどうなのでしょうかね…。

ちなみに、報道規制が敷かれていたソ連時代のリトアニア暴動で、唯一カメラを回していた外国報道機関がありました。日本のTBSです。
彼らは旅行番組の取材でリトアニアの首都ビリニュスに来ていたのですが、そこで偶然、反ソ市民運動とソ連軍の銃撃に遭遇。カメラを回すことはモスクワからの免状をもらっていたので、これは一大事と一部始終を映像に残したのですが、それが歴史に残る大スクープとなりました。

 

■ロシアとウクライナ

少し前に、「世界番付」という番組がありました。

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外国人を集めてあれこれ語ってもらうという、日本人が大好きなジャンルの番組でしたが、ロシア人とウクライナ人、ちょくちょくケンカしてましたね。お互い気が強そうだった上に席も隣だったし。おそらくお隣(の国)同士だから…という配置だったかもしれませんが、あれは(番組的に面白いから)ケンカしろって番組が煽ってる席順じゃないか。
ロシア人とウクライナ人の、スーパーを超えたハイパーな犬猿の仲を知ってる私は、そう感じたりします。

ロシア人とウクライナ人の仲の悪さ、こちらも世界的にも有名です。ヨーロッパのテレビ局では、ロシア人とウクライナ人を同席させるなが常識。必ず血で血を洗うケンカになるから。

2018年にロシアでワールドカップが開かれましたが、お隣でワールドカップをやっているのだからさぞかし盛り上がって…否、全く冷めていました。それほどロシアに対する嫌悪感が強いのです。それに拍車をかけて、ウクライナ国内にはロシア系もいるから非常にややこしい。

 

バックパッカーの頃、ロシアのモスクワからフィンランドのヘルシンキまで列車で向かっていた時のこと。
日本人が珍しかったのか、隣の寝台の男性に酒に誘われました。
ウォッカを片手に飲めない酒を飲んでいたのですが、唐突に彼が聞いてきました。

ロシアは良かったか?

私が正直にベリーグッドだと答えると、彼の顔つきが険悪そうに変わり、親指を下にして、

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こんな感じでかなりご不満な様子でした。彼はウクライナ人だったのです。

どうもロシアは大嫌いのご様子で、ロシアを少しでも褒めようならご不満、ベタ褒めだったら…殺されてたかもしれませんね。
その後、彼にウォッカをしこたま飲まされた挙句、列車の中で意識を失いぶっ倒れ、連れの日本人に寝台まで収容してもらう羽目に。ストレートは勘弁してくれとお情けでオレンジジュース割にしてもらいましたが…下戸にウォッカは相当キツかった。

 

■イギリスとフランス

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この二カ国も説明不要な犬猿の仲ですが、トルコvsギリシャ、ロシアvsウクライナのようなガチ中のガチではなく、「喧嘩するほど仲が良い」という夫婦か母娘のような関係です。どちらかというと、『笑点』大喜利のメンバー罵倒ネタのような、ユーモアや微笑ましささえ感じさせます。またお前らじゃれてるのかと。

 

EUのある会議で、フランス人が朝の発声練習とばかりにイギリス人を罵倒し始めました。

敢えて言おう、イギリス人などカスであると!

と言ったかどうかは知りませんが、仏代表がヒートアップしたところで、黙って聞いていたイギリス代表がクールにひと言。

まあ、我らイギリス人のご先祖はフランス人ですから…

英国、というかイングランド史を知らないと理解できないジョークですが、国の代表レベルであればそれくらいの教養は全員承知。
英国代表がクールに放ったブラックジョークに会場は大爆笑。赤っ恥をかかせるつもりだったフランス代表が逆に赤っ恥をかかされたという実話です。

 

この二カ国は一転、非常に仲が良くなる時もあります。その法則が発動する条件とは!

「共通の敵がドイツの時」

フランスとドイツの仲の悪さは、度々戦争していることもあり有名ですが、イギリスもドイツ人を好いていない模様です。理由は「横柄」「傲慢」「冷たい」。お前ら人のことが言えた柄かよとツッコミを入れたいのですが、同じ理由でフランスも「嫌い」というデータが出ています。 しかし、ドイツは「信用できる」国にも挙げられたので、フランスよりは評価が高いということか。

欧州で面白いのは、EU各国はみんな自国を「EUでいちばん謙虚で思いやりに満ち溢れた国」と思っているところ。唯一の例外が、イタリアがスペインを指したことくらい。他は全員「自分(国)」だったそうな。こんな我の強い国の集まりがよく「連合」なんて構成できるなと思うのは、私だけでしょうか。

ちなみに。

イギリス人はイングランドがフランスに占領された歴史をコンプレックスに感じているから、急所を突いてアングロサクソンどもの鼻をへし折ってやれ!(笑

と言ったのは、現副総理兼財務大臣の麻生太郎さんです。民主党政権時代にニコニコ生放送で聞いてたのですが、外交現場での体験談がなかなかリアルでした。この人、本当に外交交渉でイギリス人をいびってたなと(笑

 

アメリカとカナダ

英仏を出すなら、この両国を出さずにはいられません。アメリカとカナダって仲悪いの!?とびっくりする方もいるかもしれません。

確かにこの両国、国交断絶しているわけでもないし、戦争寸前でいがみ合っているというわけでも、歴史的因縁があるというわけでもない。

なんというか、「ゆる~~~い感じの仲の悪さ」という感じなのです。いや、「悪くはないが良くも全然ない」という方が適切か!?

そんな話を、カナダ・トロント在住20年の知人にちょいとぶつけてみました。すると回答はイエス。知人の見方では、カナダ人が一方的に嫌って…というよりあまり良い感情を持っておらず、逆にアメリカ人はほとんど相手にしていないと。

では、なぜカナダ人はアメリカ人に良い感情を持っていないのか。けっこう複雑な感情があるそうですが、要は

「俺が世界のリーダーだ!」

という傲慢不遜な態度が気に食わんということらしいです。

NEXT⇒仲の悪い国々、今度はアジア版

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