日本人が知らない、世界の仲が悪い国々

世界海外仲が悪い国々お役立ち情報

「みんな仲良くしようね」

「お隣さんに迷惑をかけない」

これは「常識」です。が、それは「日本だけの常識」であって、海外では通用しません。いや、理想論としては通用します。しかしあくまで理想論。

海外の常識は、

お隣だからって何で仲良くしないといけないんだよ!

です。
少なくても、日本的理想論及仲良論は通用しません。本当に仲良くして欲しい、仲良くしないといけないと心の底から思うなら、仲良くしないといけない確固たるロジックを用意しないと、外国人は納得しません。

例外でお隣なのに仲が良い例外的な国・地域は、北欧諸国とイスラム共同体。しかし、後者はカタールと周辺諸国の国交断絶や、スンニー派の国々とシーア派のイランなどの対立もあるので、もはや理想論(ムスリムがそう思ってるだけ)になってしまいました。

その例外的な一つが、日本と台湾。
台湾は果たして国なのかという深い国際法議論はさておき、日台関係は現在、過去最高なほど関係が良くなっています。人間関係で言えばラブラブのカップル状態、勝手に自分の彼女だと思っている中国が、悪質ストーカー化し仲を裂こうと必死です。しかしながら、これはワールドワイドに見ると超例外。
敢えて言うなら、世界は「お隣さんどうしみんな仲悪い」と最小公倍数的に考えて結構なのですが、その中でも日本人が案外知らない、かつ世界的に有名な「犬猿の仲」をお勉強していきたいと思います。

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トルコとギリシャ

世界の仲が悪い国

世界一有名な犬猿の仲です。知らぬは日本人ばかりなり。
この二カ国、国交を結んでいるのが「外交の世界七不思議です」と某外交官がつぶやくほど仲が悪い。

バックパッカーとしてトルコを旅していた頃、イスタンブール駐在の日本人商社マンから、トルコでやってはいけないタブー四箇条なるものを教えてもらいました。

1.左手で握手をするな、ものを受け取るな
(※イスラム教(とヒンドゥー教)では左手は「不浄の手」とされ、お尻を拭く時以外は基本使ってはいけません)

2.靴の裏or足の裏を人に向けるな
(※非常に無礼な行為だそうです。遠距離バスの注意書きにも、「車内で通話するな」などに並んで書かれていました。英語で書かれていたので外国人向けなのでしょう)

3.アタテュルク(近代トルコの父)の悪口を言うな
(※「アタテュルク不敬罪」という刑法に引っかかる犯罪です。トルコのお店にはアタテュルクの肖像画がほぼ必ず掲げられていますが、「あれ誰?」と笑いながら指しただけでも外国人(日本人ではない)旅行者が警察にしょっ引かれた例があるそうです。詳しくは外務省の安全情報(トルコ)まで)

そして最後に、

4.ギリシャを褒めるな
そんなに仲悪いのか!?と訝しむかもしれませんが、本当に仲が悪いのです。商社マンいわく、「それが事実であっても褒めるな」。
サッカーワールドカップの欧州予選などでこの二カ国があたると、両国のサポーターが、戦争が勃発したような、日本史で言えば鬼畜米英ぶっ殺せ的な高揚感になるそうです。

キプロス

ところで、地中海にキプロスという島が浮かんでいます。金融業(いわゆるマネーロンダリング)や観光業でGDPが案外高い国でもあり、シーズンになるとヨーロッパ中から観光客がやって来ます。

一見平和そうな島ですが、

南北に分かれて目下冷戦中という、きな臭い場所でもあります。
アジアで「南北に分かれた国」と言えば南北朝鮮を思い浮かべますが、ヨーロッパや中近東ではこのキプロスになります。
島の北部をトルコ、南部をギリシャ系住民で分けている状態ですが、それぞれバックにトルコ・ギリシャがいます。国際的に認められているのは南キプロスで、北キプロスを国として認めているのは、世界でもトルコだけ。北キプロスはトルコが資金援助して支えているので、事実上の植民地と言ってもいいでしょう。
トルコとギリシャは表向きには戦争していないものの、キプロスという島で代理戦争をしているようなものなのです。

ちなみに、パスポートに南キプロスのスタンプがあるとトルコ、北キプロスへ行くとギリシャと南キプロスへの入国が無条件で拒否されるので、旅行の際はご注意を。

トルコとアルメニア

トルコとアルメニアは仲が悪い

この二ヶ国の因縁は、19世紀から20世紀に起こった「アルメニア人虐殺」にさかのぼります。
オスマントルコに住んでいたアルメニア人が、100万~150万人(アルメニア側主張)虐殺されたという事件ですが、「トルコ版ホロコースト」と言われている計画的虐殺だったとされています。が、真相は謎のまま。

加害者とされたトルコは、虐殺の事実自体を否定。そんなものアルメニア側のでっち上げだと相手にもしていなかったのですが、アルメニア側はアメリカ議会の民主党議員にロビー活動を行い、「ナチスと同等」という非難決議を採択させました。
これに激怒したトルコは、国交断絶上等だとアメリカに噛みつき、本当に国交断絶一歩手前だったと言われています。
しかし、次の子ブッシュ大統領と共和党が議決を否定することによって表向きは解決しています。しかし、アルメニアとトルコのせめぎあいはアメリカを舞台に今でも続いています。

よって、この二カ国は国境を接しているものの、封鎖されたり開いたりと安定していません。旅行に関しては、トルコからアルメニアに直接入れそうで、入れないことが多いです。国交も外交官交換はしているものの、関係は冷え切っています。

アルメニアとアゼルバイジャン

2020年9月下旬、コーカサスに砲撃の音が再び鳴り響きました。しばらくなりを潜めていた、国際政治界の休火山ナゴルノカラバフが再び噴火したのです。

ナゴルノカラバフ…初めて聞く方はなんだこの舌を噛みそうな名前はと驚くでしょうが、国際政治学や地政学に詳しい人であれば、嗚呼、あのナゴルノカラバフかとすぐピンとくるほど有名な地域です。コーカサスの火薬庫という異名もあります。

ナゴルノカラバフ

この地域は、地図を見てもらうとわかるとおり、アゼルバイジャンの領土内にある地域ですが、歴史的に元々アルメニア人が多く、イスラム教(シーア派)が多数を占めるアゼルバイジャンの中でも、キリスト教(アルメニア正教)の教会や遺産が多い場所でもあります。それゆえ、いざこざも絶えなかったと言います。

ソ連時代は権勢で抑えられていたナゴルノカラバフですが、ソ連も末期になり隅々にまでコントロールが効かなくなると、アルメニアへの併合を要求します。20世紀前半には人口比9割と圧倒的だったアルメニア人が、ソ連に無理矢理アゼルバイジャンに併合されて以降は、アゼルバイジャン人(つまりイスラム教徒)の流入で7割にまで落ち込み、民族意識が非常に高いアルメニア系を刺激したためと言われています。
アゼルバイジャンはもちろん反対しますが、併合を支援するアルメニアといざこざが再燃し、現在に至っています。

ナゴルノカラバフは、実は独立して「ナゴルノ・カラバフ共和国」となっています。アルメニアの首都エレバンには「大使館」もあります。が、承認しているのはアルメニア一国のみ。ほとんど「口だけ共和国」状態となっています。
実際に「共和国大使館」でビザを取ってナゴルノカラバフに行った日本人旅行者(という建前のフリージャーナリスト)によると、観光資源が豊富で気候も良く、戦争さえなければすごく良いところだったそうなんですけどね~。

ナゴルノカラバフ問題も絡み、アルメニアとアゼルバイジャンも非常に仲が悪い。実際戦争してますからね。もちろん、国境は接していても、絶賛国交断絶中につき通ることはできません。
アゼルバイジャンには、同じトルコ系民族ということでバックでトルコがついており、さらに同じイスラム教シーア派ということでイランもバックについていると言われています。
それに対し、民族性から「栄光ある孤立」を選ぶことが多いアルメニアはロシアと手を組み、二ヶ国と仲が悪いトルコを刺激と、ナゴルノカラバフ問題をさらにややこしくしています。

日本とは縁がほぼないこの二国ですが、世界情勢ってややこしいな…と思わせると同時に、非常に勉強にもなるのが、このナゴルノカラバフ問題なのです。

セルビアとクロアチア

セルビアとクロアチア

セルビアとクロアチアは、戦後の東西冷戦時代は「ユーゴスラビア」という一つの国でした。が、ヨシップ・ブロズ・チトーというカリスマ独裁者の政治力でつながっていただけのモザイク国家。
チトーの死後は団結のネジが緩み、冷戦が終わるとユーゴスラビアは空中崩壊したかのように一気に分裂しました。

今では、
・スロベニア
・クロアチア
・ボスニア・ヘルツェゴヴィナ
・セルビア
・マケドニア
・コソボ
・モンテネグロ
に分裂し、かつての「ユーゴスラビア連邦共和国」の面影はありません。
平成生まれの人なら、これらがかつて一つの国だったことすら信じられないかもしれません。

日本人は、国というものは「そこに常にある」もので、無くなるなどは思ったこともないはずです。しかし、国とはあるきっかけで、ある日忽然となくなるものなのです。
私がヨーロッパに行った1999年、ユーゴスラビアという国は確かにそこにありました。当時のパスポートに、入国・出国スタンプも残っています。
しかし数年後に、ユーゴスラビアは「セルビア」「モンテネグロ」、そして「コソボ」に分裂し、「ユーゴスラビア」はここに消滅。国が、それも自分自身がこの足で歩き、この目で見てきた国がなくなるとは、当時の私は全く思いませんでした。テレビ越しながらソ連崩壊をリアルタイムで見ていた人間なのに、思考が追いついてなかったのでしょう。

閑話休題。
旧ユーゴスラビアの中でも、とりわけクロアチアとセルビアはある歴史的経緯があり、かなり仲が悪いことで有名です。

時は第二次世界大戦。ナチス・ドイツは米英仏やソ連だけでなく、南ヨーロッパにも侵攻していました。旧ユーゴのクロアチアやセルビアも同様で、当時の「ユーゴスラビア王国」は解体され、親ドイツの傀儡政権が誕生します。その新政権の中心はクロアチア人。対してそれに従わない旧王国派はセルビア人が中心でした。

その傀儡政権と親ナチスのクロアチア人団体は、セルビア人を目の敵にし虐殺し続けました。
じきにチトーを中心としたレジスタンス運動で、ユーゴは自力でドイツを追い出すことができました。ナチスの傀儡政権も同時に崩壊しました。
ちなみに、ユーゴスラビアは他の社会主義国と比べて、ソ連の顔色を伺うことがない独自の路線を歩んでいました。冷戦時代、旧東側諸国は鉄のカーテンよろしく気楽に行けた国ではなかったでしたが、ユーゴだけは日本人、余裕のノービザでした。ユーゴがマイペースだった理由は、「自力でドイツをやっつけた」という矜持から。言い方を変えれば「ソ連に全く借りがないからソ連の言うことを聞く必要がない」のです。
ちなみに、日本人ノービザを悪用した北朝鮮が、日本の偽造旅券でユーゴへ入国、ベオグラードで爆弾を受け取りテロを起こしたのが、「大韓航空機爆破事件」でした。

そして時代は冷戦からその崩壊へ。
セルビアはボスニア・ヘルツェゴヴィナ独立の際、クロアチア系やムスリム人(イスラム教徒)を、「民族浄化」という名目で大殺戮を行い、世界中から避難を浴びました。これは国際刑事犯罪ということで、国際司法裁判所でも裁かれました。
が、セルビア人に言わせるとこうです。

50年前の仕返しをしているだけ。我々が裁かれるなら、50年前のクロアチア人の大殺戮も同罪じゃねーか!

しかし、昔はみんな仲良く暮らしていたのに何故?という疑問も浮かびます。
極端でもなく、昨日までふつうに挨拶していた隣人から無視され、次の日には石を投げられ、その次の日には銃を持って襲撃された。こんな人がごまんといたのです。
国を誇りに思うナショナリズムは悪いことではありません。しかし、コントロールできない感情的ナショナリズムは排他的感情を生み、昨日までの隣人を平気で殺すんだなと。
私が、まだ内戦の傷跡やNATO軍の空爆の跡が残り、どこに埋まっているかわからない地雷に怯えながらボスニア・ヘルツェゴビナはじめ旧ユーゴ諸国を歩いた感想です。

ハンガリーとルーマニア

ルーマニアとハンガリー

冷戦時代のハンガリーは、ユーゴスラビアと並び言論の自由がある程度保証されていました。ニュースでも自国を客観的視点で批判したりと比較的公平、ハンガリーのジャーナリズムのクオリティは、社会主義時代の方が高かったという人もいます。

その真逆が、お隣ルーマニア。

ニコライ・チャウシェスク
(画像:Wikipedia英語版)


ルーマニアにはニコライ・チャウシェスクという独裁者が君臨しており、法律で「当局の許可なく外国人との接触禁止」とお触れがある半鎖国国家でした。デカい北朝鮮がヨーロッパにあったと思えばいいでしょう。
事実、チャウシェスクは中国や北朝鮮式独裁システム、国際政治学用語でいう”Oriental despotism”(「東洋的専制君主制」という意味)を参考にしたと言われています。実際、チャウシェスクは中国・北朝鮮訪問から狂いはじめたとの説もありますし。

もちろん報道の自由などはなく、テレビ放送も節電という名目で1日2時間だけ。そのうち1時間40分はチャウシェスクを称える番組だったと言うから、目も当てられません。

ルーマニアのある知識人いわく

チャウシェスクは頭がいいという人がいるが間違いだ。頭が良ければテレビで自画自賛の番組ばかり流さず、もっと有効的な使い方をしていただろう

自国のテレビなんかつまんないと感じたルーマニア国民は、国境を越えて電波が漏れて来るユーゴやハンガリー、ソ連のテレビを見ていました。

ルーマニア独裁チャウシェスク
(NHKのテレビ番組より)

このように、ルーマニアには隣国のテレビ電波がかなり広範囲に入っていたので、少し背の高いアンテナがあればすぐ受信可能でした。
特にティミショアラという都市は、ハンガリーとユーゴスラビア(当時)に近いためどちらの電波も受信でき、ルーマニア人は自国のテレビも含め各国のニュースの見比べ、世界情勢をきちんと把握していました。「変な社会主義国」という性質か、ユーゴのジャーナリズムもクオリティが高かったといいます。そういう意味で、ティミショアラ住民は非常に恵まれていました。

ルーマニアの民族は、ルーマニア人が約9割と圧倒的多数ですが、ハンガリー系住民も7%ほどいます。その多くが、ティミショアラに集まっています。
ルーマニアはチャウシェスク政権時から少数民族に対する扱いは冷たく、民族意識が強いハンガリーはそれに反感を持っていました。
ハンガリーのマスコミは、常々ハンガリー系ルーマニア人の待遇改善を求めるTV番組を制作していましたが、ある日国営テレビが

これ以上ハンガリー系をいじめると、革命起きて政権が崩壊するぞ!

と強い口調で警告を発しました。
その5日後、ティミショアラで反政府暴動が起き、それがきっかけでチャウシェスク政権が崩壊、大統領が処刑されるという「ルーマニア革命」が起こりました。1989年12月のことです。

ルーマニア革命はハンガリーも一枚、あるいはそれ以上噛んでるという説が現在でも消えません。個人的にも、偶然にしてはタイミング良すぎではないかと思うのですが、いかんせん証拠がないので。

ロシアとリトアニア

ロシアとリトアニアは仲が悪い国

この二カ国、今は直接国境を接してはいませんが、「元ソ連」つながりで紹介しておきます。

リトアニアはバルト三国の国の一つで、旧ソ連を構成していた国の一つです。
「命のビザ」で有名な日本の外交官杉原千畝の縁もあってか、国土と人口の割には親日や知日派が多い国であります。

この二カ国は仲が悪いというより、ソ連崩壊寸前にリトアニアが

やれやれ、やっとDV夫から離婚できるわ!!

と離れ、EUやNATOに加盟。DV夫から一方的に距離を置いているという感じです。リトアニアにとっては、EUは駆け込み寺、NATOはAL○OKセ○ムのような立場になっています。

ところで、同じバルト三国でも、エストニア・ラトビアに比べてリトアニアがスムーズに「離婚」できたのは、国民の民族構成が影響しています。
ソ連時代、労働者という名目でロシア系が大量に流入してきました。エストニアやラトビアのロシア系比率は2~3割、彼らを無視して政策が行えないできない存在に対して、リトアニアはたったの5%弱。リトアニア人が人口の圧倒的多数を占めていて、数%のロシア系に有無を言わせない状態です。嫌なら出て行け、お前らなんて要らねーよ以上。
とあるネットゲームでリトアニアの大学生と知り合ったのですが、彼もロシア系。ゲーム抜きで事情を聴いてみると、ロシア系は非常に住みづらいらしく、卒業したら他国に移住すると言っていたのを思い出しました。

リトアニア人の反ロシア感情もかなりキツい。
今はそんなことないそうですが、私がリトアニアを旅行した時は、エストニア・ラトビアの英語通用率がほぼ100%に対し、あまり通じませんでした。
困ったな…ならロシアで鍛えたロシア語で。旧ソ連だったし崩壊から10年経ってないからロシア語わかるだろう…とロシア語を離した途端、すさまじい罵声を浴びました。リトアニア語だったので何を言われているのかわからなかったですが、相手は非常に怒り、顔を真っ赤にして私を口汚く罵っているという空気は読めました。

周りの人が彼をなだめつつ、英語が話せる女子大生を呼んできて解説してもらったのですが、

リトアニアでロシア語話さない方がいいわよ。みんなソ連時代にひどい目に遭ってるから、ロシアは、ロシア語はもうみんなこりごりなの

エストニア・ラトビアでは全く問題がなかったので、リトアニアも同じだろうと安易に考えていた私の無知でした。事情を知らないと「バルト三国」という一括りに考えてしまいますが、リトアニアは事情がかなり異なっていました。
後で知ったことですが、リトアニアはソ連から独立した際、バルト三国の中で唯一血を流した国でした。ソ連軍が介入し住民に発砲したのです。その血がまだ乾ききっていない時期に行っただけに、リトアニア人の反ロシア感情は相当なものでした。今はどうなのでしょうかね…。

ちなみに、報道規制が敷かれていたソ連時代のリトアニア暴動で、唯一カメラを回していた外国報道機関がありました。日本のTBSです。
彼らは旅行番組の取材でウラジオストクからシベリア鉄道を横断、旅の締めにリトアニアの首都ビリニュスに到着。そこで偶然、反ソ市民運動とソ連軍の銃撃に遭遇したのです。
カメラを回すことはモスクワからの免状をもらっていたので、これは一大事とフィルムをすべて暴動撮影に回し、一部始終を映像に残しました。それが世界史に残る大スクープとなりました。

ロシアとウクライナ

ロシアとウクライナ戦争

少し前に、「世界番付」という番組があったのを覚えていますでしょうか。
外国人を集めて日本のことをあれこれ語ってもらうという、日本人が大好きなジャンルの番組でしたが、ロシア人とウクライナ人、番組内でちょくちょくケンカしてましたね。お互い気が強そうだった上に席も隣だったし。おそらくお隣(の国)同士だから…という配置だったかもしれませんが、あれは(番組的に面白いから)ケンカしろって番組が煽ってる席順じゃないか。

ロシア人とウクライナ人の、スーパーなんて言葉は生ぬるいハイパーな犬猿の仲を知ってる私は、そう感じていました。

ロシア人とウクライナ人の仲の悪さ、こちらも世界的にも有名です。ヨーロッパのテレビ局では、ロシア人とウクライナ人を同席させるなが常識。血で血を洗うケンカ不可避、いやヘタすれば生放送で殺し合いになるから。
その仲の悪さと言えば…2018年にロシアでワールドカップが開かれました。お隣でワールドカップをやっているのだから、ウクライナでもさぞかし盛り上がって…否、全く冷めていました。それほどロシアに対する嫌悪感が強いのです。

バックパッカーの頃、ロシアのモスクワからフィンランドのヘルシンキまで列車で向かっていた時のこと。
日本人が珍しかったのか、隣の寝台の男性に酒に誘われました。というか、日本人は3人いたのですが、何故か私だけご指名。
何度断っても誘われるので、ウォッカを片手に飲めない酒を飲んでいたのですが、唐突に彼が聞いてきました。

ロシアは良かったか?

私が社交辞令でベリーグッドだと答えると、彼の顔つきが険悪な面に変わり、親指を下にして、

ロシアとウクライナは犬猿の仲

こんな感じでかなりご不満な様子でした。話を聞くと、彼はウクライナ人だったのです。
どうもロシアは大嫌いのご様子で、ロシアを少しでも褒めようなら非常にご不満な顔をしていました。
個人的なロシア旅行の感想は、英語が全然通じなかった(おかげでロシア語めちゃ覚えたけど)のと、中国人と中国語で話していたら中国人に間違えられて警察に連行された(すぐに日本人とわかって釈放)以外は不満もなく、23年経った現在でもすべて覚えているほど印象は中の上だったのですが、正直にエクセレントだワンダホーだと答えていたら…殺されてたかもしれませんね。

私のベリーグッドが不満だったのか、のちに彼にウォッカをしこたま飲まされた挙句、列車の中で意識を失いぶっ倒れ、連れの日本人に寝台まで収容してもらう羽目に。ストレートは勘弁してくれとお情けでオレンジジュース割にしてもらいましたが…下戸にウォッカは相当キツかった。「殺されていたかも」と書きましたが、彼は本当に急性アル中にさせて殺しにかかっていたかもしれません(笑

ロシアvsウクライナ番外編。世界最凶の悲劇ホロドモール

ロシアとウクライナは、この記事では書ききれないほどの因縁があります。それに関しては、『物語 ウクライナの歴史』が詳しいです。新書のボリュームな上にKindleもあるので入手しやすく読みやすいのでおすすめです。

現在、ロシア侵攻に対しウクライナはそれこそ死に物狂いの抵抗を示しています。自分の国土を守るためには当たり前と言えば当たり前ですが、ウクライナ人にはロシアに国土を占領されるとフラッシュバックする、「あること」が脳裏にあるからだろうと私は思ったりします。

その「あること」、それはホロドモール。ウクライナ語で”Голодомо́р”と書き、「飢饉による死」という意味です。

ホロドモールについては、私がどやこや文字で語るより、こちらの動画の方がより詳しい。

約30分とYoutubeの中ではかなり長い動画となりますが、それだけこのホロドモールが「地獄ですら生ぬるい」といわしめた、人災としては間違いなく人類史上最凶クラスの生き地獄っぷりを、本記事閲覧後にたんとご賞味あれ…。

見終わった時思うでしょう、そりゃウクライナ人、死に物狂いになるわと。

そして、「さっさと降伏しろ」と公共の電波でのたまっている人間の頭の中が、いかに歴史に対して無知なことを。
孔子も2500年前からアドバイスをくれています。
「思いて学ばざれば即ち危うし」
(頭の中で理屈をこねくり回すだけで勉強しない奴はクレージーだ、気をつけろよ)

このホロドモール、ツイッターでツイートすると予想以上に知らない人が多く、もしかして本記事を見てくれている方々も知らない人多い?!と思い、緊急にて追加しました。

2022.2.26補足 ウクライナとポーランド

ロシアとウクライナ

2022年2月24日、ロシアがウクライナへんこ侵攻へと踏み切り、現在も予断を許さない事態になっています。
国家存亡の危機にあるウクライナですが、そんな中、一つのニュースがツイッターのTLに流れてきました。

まことに素晴らしいニュースですが、ウクライナとポーランド国境の間に流れる冷たい空気を知っていると、このニュースへの感動が増幅されます。

ウクライナは、一言で言えば大国ロシアとポーランド=リトアニア王国の狭間で揺れ動かされ、そしていじめにいじめられた歴史でした。
第一次世界大戦中、ウクライナは一時的に『ウクライナ人民共和国』としてロシアからの独立を勝ち取ったのですが、それを許さないソヴィエト・ロシア軍に侵略されることに。

ドイツ帝国
そこにある助っ人が現れます。それがドイツ帝国。
ウクライナと同盟を結び、ロシアを駆逐したドイツ、あまりのボロ負けっぷりに戦意がゼロになったロシア・ソヴィエトと「ブレスト=リトフスク条約」を締結。ドイツは一時的にウクライナ全土を手に入れ、形だけ独立を維持させることになります。日本史でいう満洲国って感じです。

そこでドイツ帝国が行ったのは、ウクライナ人へのナショナリズムの啓蒙。欧州史に詳しい人によると、当時のウクライナ人のほとんどがロシア語を話し、ウクライナ語?何それおいしいの?状態でした。これはいかんとドイツがウクライナ人の尻を叩き、ウクライナ語を無理矢理習わせ、ウクライナ文化を整理したりとウクライナ魂を注入。元々民族意識が高かったというウクライナ人の、ウクライナ魂に灯をつけることとなりました。

しかし、第一次世界大戦でのドイツの敗北により、後ろ盾を失ったウクライナさん。ソヴィエト・ロシアとポーランド両方に攻められ、1921年にウクライナ人民共和国は滅亡、領土を分割されてしまいます。しかもポーランド、一緒にロシアをやっつけようと同盟を結んだのに急に裏切ってソヴィエトと講話条約を結び、領土だけきっちりいただく鬼畜っぷり。ポーランド=親日という情報も伝わり日本ではポーランドと言えばプラスイメージですが、ドイツ敗戦のどさくさにドイツからも領土を奪い取っており、WWⅠの所業に関しては、あんた人としてどうかと思うよ…というほどの性悪です。
現在のウクライナ西部はポーランド領となり、ウクライナ人は二級国民…いや非人として土地を奪われたり、強制収容所に放り込まれ数万人が絶命したと言われています。それでも、上に挙げたホロドモールに苛まれた中央・東ウクライナに比べたら天国モードですが…。

そんな非人扱いされたウクライナ人も黙ってはいない。ドイツに注入されたウクライナ民族魂が芽を出し、1929年に秘密組織として「ウクライナ民族(者)組織」が生まれます。

ウクライナ蜂起軍

のちにこれが「ウクライナ蜂起軍」となり、ポーランド領を中心にテロを行います。
また、ポーランド人も血祭りにあげ、ウクライナ蜂起軍によって暗殺されたポーランド政府要人は63人。これは犯行声明が出ているだけで、されていないものも含めると3桁にも及ぶとも。未だに確かな数字はわかりません。

「ウクライナ蜂起軍」は、ウクライナのためなら悪魔にも魂を売るステパン・バンデーラが実権を握ると、現実の悪魔ナチス・ドイツと手を結び、ウクライナ独立を目論みます。が、第一次大戦中のドイツ帝国とは違い、そんな気はさらさらないナチス・ドイツはバンデーラを逮捕、強制収容所送りにします。

ウクライナ蜂起軍は、ドイツに宣戦布告。お互い多数の死者を出したものの、すみません私が悪かったです許して下さいと頭を下げたのは、なんとドイツ軍の方。その結果、蜂起軍と「和解」します。
ウクライナ蜂起軍が次に敵と定めたのが、ポーランド人。ドイツもソ連も共倒れになったら、次にウクライナを脅かすのはポーランド…このどさくさに西ウクライナのポーランド人を皆殺しにしてしまえ…それが理由です。
1943年6月、蜂起軍は「西ウクライナにおけるポーランド系住民の絶滅」を宣言、ポーランド人を殺しに殺しまくります。非人扱いされたその恨みはすさまじかったか、その殺し方も凄惨で、あまりのグロさに、ヨーロッパでは「ググるな危険」扱いされています。
これで殺されたポーランド人は、5万人とも10万人とも。これを「ヴォルイーニの悲劇」といいます。

お互い殺しに殺し…いやウクライナがポーランド人を殺しまくった過去の歴史がある中、「ロシアという共通の敵」を前にしてポーランドも腰を上げたか、難民と化したウクライナ人を保護するとの声明。
しかし、「ヴォルイーニの仇!」といきり立ったポーランド人がウクライナ人を殺さないよう、切に祈ります。

イギリスとフランス

イギリスとフランスは仲が悪い

この二カ国も説明不要な犬猿の仲です。EUを脱退したイギリスがEUの前身、ECに加盟したのが1973年のこと。ヨーロッパ事情を知らないと、「栄光の孤立」のイギリスがずっと加盟していなかったんだな…と思いがちですが、実は加盟の12年前の1961年から加盟に向けて交渉をしています。
しかし、そこで立ちはだかったのが、EC創立国の一つフランス。フランスはイギリスなんて大嫌いだ同じ空気なんか吸いたくねー!と、あの手この手でイギリス加盟を邪魔していた歴史を最近知りました。

しかし、英仏のいがみ合い、どこか『笑点』大喜利のメンバー罵倒ネタのような微笑ましささえ感じさせます。またお前らじゃれてるのかと。

EUがまだECだった頃、フランス人が朝の発声練習とばかりにイギリス人を罵倒し始めました。

フランス
フランス

敢えて言おう、イギリス人などカスであると!

と言ったかどうかは知りませんが、仏代表がヒートアップしたところで、黙って聞いていたイギリス代表がクールにひと言。

イギリス
イギリス

といっても、我らのご先祖はフランス人ですからね…

英国、というかイングランド史か英語史を知らないと理解できないジョークですが、国の代表レベルであればそれくらいの教養は全員承知。
英国代表がクールに放ったブラックジョークに会場は大爆笑。赤っ恥をかかせるつもりだったフランス代表が逆に赤っ恥をかかされたという実話だそうです。

この二カ国は一転、非常に仲が良くなる時もあります。その法則が発動する条件とは!

「共通の敵がドイツの時」

フランスとドイツの仲の悪さは、度々戦争していることもあり有名ですが、イギリスもドイツ人を好いていない模様です。理由は「横柄」「傲慢」「冷たい」。お前ら人のことが言えた柄かよとツッコミを入れたいのですが、同じ理由でフランスも「嫌い」というデータが出ています。 しかし、イギリスはドイツを「信用できる」とプラス評価もしていたので、フランスよりは評価が高いということか。

欧州で面白いのは、EU各国はみんな自国を「EUでいちばん謙虚で思いやりに満ち溢れた国」と思っているところ。イタリアがスペインを指したのが唯一の例外。他は全員「自分(国)」だったそうな。こんな我の強い国の集まりがよく「連合」なんて構成できるなと思うのは、私だけでしょうか。

ちなみに。

イギリス人はイングランドがフランスに占領された歴史をコンプレックスに感じているから、そこを突いてアングロサクソンどもの鼻をへし折ってやれ!(笑

と言ったのは、外務大臣や財務大臣を歴任した麻生太郎さんです。民主党政権時代のニコニコ生放送で言っていたのですが、外交現場での体験談がなかなかリアルでした。この人、本当に外交交渉でイギリス人をいびってたなと(笑

アメリカとカナダ

英仏を出すなら、この両国を出さずにはいられません。アメリカとカナダって仲悪いの!?とびっくりする方もいるかもしれません。
確かにこの両国、国交断絶しているわけでもないし、戦争寸前でいがみ合っているというわけでも、歴史的因縁があるというわけでもない。

なんというか、「ゆる~~~い感じの仲の悪さ」という感じなのです。いや、「悪くはないが良くも全然ない」という方が適切か!?

そんな話を、カナダ・トロント在住20年の知人にちょいとぶつけてみました。すると回答は予想外のイエス。知人の見方では、カナダ人が一方的に嫌って…というよりあまり良い感情を持っておらず、逆にアメリカ人はほとんど相手にしていないと。

では、なぜカナダ人はアメリカ人に良い感情を持っていないのか。けっこう複雑な感情があるそうですが、要は
「俺が世界のリーダーだ!」
という傲慢不遜な態度が気に食わんということらしいです。

NEXT⇒仲の悪い国々、今度はアジア版
 

コメント

  1. 板東洋三郎 より:

    面白くて役に立ちました。南米編も期待します。チリとアルゼンチン等々。

  2. 鈴木 より:

    ドイツとイギリスもひどいよね。荷物が送れないほど。

  3. TS より:

    大変勉強になりました。
    隣国間はできる限り仲良くあるべきだと思いつつ、なかなか難しい、、、と悶々としていましたが、国レベルの話で自分がどうこうできるわけもなく、身近な人達に対して国籍民族性別関係なく親切にすれば良いのかなと、割り切って考えたいと思いました。
    貴重な経験談交えたお話。ありがとうございました!

  4. かわ より:

    時間を忘れるほど楽しんで学ばせてもらいました。

    第2弾も期待しております。

  5. なが より:

    全部読んで結果的に日本のマスコミの質の低さって深刻だなと思いました…。
    日本人って良くも悪くも国際関係興味ないですよねぇ。

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