函館の遊郭と私娼

北の国の港町、函館にはかつて、大森遊郭という、東京以北では最大規模の遊里が存在していました。
最盛期の大正時代には娼妓700人近くを抱える、全国でも有数の色街として不夜城として栄えていました。
が!
そんな敵なしの大森も、大正末期からオワコンと化していきました。
理由は一つだけではありません。
①遊郭が老舗ゆえの形式主義になり、客離れが進んだ
②風俗産業界の大型新人カフヱー(カフェじゃないからね)の登場
③人権意識の高まりによる全国規模の廃娼運動
④とどめは1934年の函館大火
そして5つ目は、私娼の跋扈。
函館では大火前から、街娼を含めた私娼が至るところで跋扈していました。1930年代初頭の函館の密売淫で検挙された人は、年間平均200人強。
これ、「運悪く捕まった人」だけなので、実数は少なく見積もってもこの3~4倍、あるいはそれ以上いたことは容易に推測できます。
同時期の札幌の密売淫検挙件数が数十件なので、おそらく札幌のすすきのをしのぐモグリ売春が、函館の街の至る所で行われていたのでしょう。
今回の本題、「鉄砲小路」も、そんな函館の私娼窟の一つ。
数ある函館の私娼窟の中でも、いちばん語り継がれているこの変わった名前の色街のお話。
鉄砲小路とは
函館市の西端、市電の「函館どつく前」停留所は、かつては「弁天」という名前でした。
現在の姿を見ると到底信じられないですが、戦前期は市電を降りるとカフェー(飲み屋)が何十軒も並び、弁天座という映画館もあった歓楽街でした。
「鉄砲小路」は、そんな弁天の歓楽街のどこかにあったとされています。
鉄砲小路(てっぽうこうじ)
『函館・道南大事典』(南北海道史研究会 編)より
函館市西端(弁天町)にあった私娼街。名前の由来は表通りに射的屋(鉄砲で達磨や景品を落とす)があったからとか、小路へ入ると出てこないからとか、諸説あった。
地元の歴史辞書にも載っていたほどの伝説の歓楽街だったのです。
鉄砲小路は港湾が改良された明治36〜37年(1903-4)あたりにできたと言われ1、大正期に市電が開通してからは大いに栄えました。鰪澗町は、私娼がウヨウヨしていたそうです。
大森遊郭の公娼に対して、鉄砲小路は私娼。言わば違法です。
市民も、大森遊郭の遊女は「お女郎さん」と呼んで一定の敬意を表していたのに対し、鉄砲小路の私娼は白首と呼ばれていました。函館では白首と書いて「ゴケ(後家)」と呼んでいました。また、松前の方言では「雁の字」という呼び名もあったそうです2。
昭和5年(1930)頃には「鉄砲小路のあいまい屋六七十軒」「1軒に女が3人、多いのは六七人」3という新聞の記述もあり、堀川町にあった「堀川新地」と共に「函館料理屋協和組合」という組合を組織していることから、営業形態は料理屋でした4。
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遊廓の公娼の代表が吉原なら、私娼窟の代表が玉の井。
各地の私娼窟は「○○(地名)の玉の井」と呼ばれていましたが、鉄砲小路は言わば「函館の玉の井」と呼ばれていたでしょう。
しかし、最盛期は昭和10年代前半。戦争の陰は弁天の鉄砲小路にも及んできました。
昭和18年(1943)の火事で一部が焼け、さらにドックや漁港に近かったのが災いし、軍の命令で建物強制疎開が行われました。
鉄砲小路もそのとき、建物ごと取り壊されたと地元の記録にあります。
そして戦後。
『全国女性街ガイド』によると、戦後も鉄砲小路は復活したようです。
それよりぐっと落ちた曖昧屋が弁天町に43軒139名…
『全国女性街ガイド』
弁天町とは、前述した函館どつくの場所の私娼窟(鉄砲小路)のこと。堀川新地に集約されても、やはり船員の需要が高かったようですね。
「曖昧(あいまい)屋」という文言の意味がわからないウブな読者に説明すると、曖昧屋とは売春屋(私娼の巣)の隠語の一つで、表向きは料理屋や飲み屋だけど実際は売春宿の形態です。
「現代の遊郭」こと飛田新地は、表向きの営業形態は料亭。これも曖昧屋の形態の一つです。
映画の舞台にもなった鉄砲小路

『二連銃の鉄』という、昭和34年(1959)上映の映画があります。
主演はマイトガイこと小林旭。遠洋漁業でラッコ打ちの名人だった主人公、二つ名「二連銃の鉄」が、自殺した恋人の影を追い主人公の追っ手と戦うアクション劇です。
映画の前半の舞台は鉄砲小路5で、喧嘩で刺され主人公を助けることになったヒロインが、鉄砲小路の”あいまいバー”「花村」の雇われママという背景。
”あいまいバー”とは上述の「曖昧屋」の一つで、表向きはバーでも実は…というもの。
映画でも、入口は飲み屋でも客と女が「意気投合」して奥の扉を開けると、そこは従業員の住居という名のウフフなエリア。
なるほど「曖昧屋」ってこんな構造になってたのかと勉強になりました(笑
映画の時代設定は昭和29年(1954)、封切りは昭和34年(1959)。
つまり、まだ赤線廃止の余韻が冷めきれない頃の作品。
みんなリアルで赤線青線を知っているからか、映画でも女を求める男、男に群がる女の色街がリアルに再現されていました。
つーか映画関係者の男どもはみんな遊びに行ってたやろと(笑
なお、「二連銃の鉄」はアマプラ(Amazon Prime)で鑑賞可です。
鉄砲小路、赤線青線の盛り場に興味がある方は、前半だけでも見てみると良し。
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