日本語は何故、どこが難しいのかー外国人から見る日本語のムズカシイ

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日本語は世界最難!?

アメリカの外務省にあたる国務省に、

「外国語習得難易度ランキング」

というデータがあります。

 

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外国とのお付き合いがお仕事の外交官は、語学習得が基本中の基本。その習得の時間で難易度を分けた表が、上の世界地図の色分けとなります。
なお、外国語の「習得」という基準は一体なんだという議論がよく行われますが、この「習得」はスピーキングとリーディングとなります。

 

あくまで英語話者の目線ですが、言語的に近い親戚のヨーロッパの言語は、カテゴリー1~4までの部類になっています。カテゴリー333週間、900時間以内に習得可能という基準があり、1年以内に習得できるという「比較的簡単」な言語となります。

その上の「カテゴリー4+」には、モンゴル語・フィンランド語・ハンガリー語の遊牧民族系言語、東南アジアのタイ語とベトナム語がエントリーされています。

その上の「カテゴリー5」になると、アラビア語や中国語、韓国・朝鮮語がエントリー

欧州系このカテゴリー3までの色分けで、言語を勉強している人間として面白かったことがあります。それは、フランス語・スペイン語・イタリア語などは緑色の「カテゴリー1」、つまり「サルでもできる」な部類に属していることに対して、ドイツ語は一段階難しいカテゴリー2に分類されていること。

英語を言語学的な住所で表現すれば、「インド・ヨーロッパ語族、ゲルマン語派、西ゲルマン語群」となります。その中の西ゲルマン語群には、ドイツ語とオランダ語も入っています1。つまり英語とドイツ語は、人間で言えば兄弟だということ。それを根拠に、英語とドイツ語はとても近いと言う人もいます。実際そうだし、似ている単語も多数あります。

では、何故英語ネイティブから見たドイツ語は、「兄弟」なのに他と比べて難しいのか。・・・をいちおう書いては見たものの、文字数にして4000文字以上になっちゃったので、またの機会にします(笑)

 

その中で、最凶難易度の「カテゴリー5+」にただ一つ分類されたのが、我らが日本語。世界で唯一無比のオンリーワン。
私から見ると、アラビア語の方がよっぽど難しいんじゃないかと思うのですが、それ以上に難しいとアメリカ国務省が認定してしまったということで。

 

日本語は何故、どこが難しいのか

「イイネ」ではなく「ムズカシイネ」をいただいてしまった日本語の難しさですが、一体何が、どう難しいのか。

日本語勉強中の外国人に、「日本語のどこが難しい?」と聞くと、半分以上の人は漢字と答えるはず。ただし、漢字を使う中華圏の人は除いて。
常用漢字の数は法令で定められており、その数2,136字。
我々はこれを、学校で9年かけて勉強するのですが、外国人がこれを覚えるエネルギーたるや、メンタルが弱い人は精神を病むほどだそう。

それゆえ趣味や興味から日本語の海原に入り、ヒャッハーと漢字の海にタイビングして「溺死」する人が多数。そりゃ我々も、古代エジプトの象形文字を1000個覚えろと言われれば、どんな罰ゲームやねんと頭を抱えるはず。

ところで最近、海外での日本文化の浸透で、英語で漢字を「Kanji」と呼ぶことが多くなったそうです。ネット上では、”Chinese character”だと「画数」が多いからか、ほぼ「Kanji」一択です。
本家のお株を奪われた中国人が、この流れになんでやねんと頭を抱えているそうですが、日本語学習者の間では漢字の勉強時間を、“punishment”(懲罰、虐待)と呼ばれて恐れられています。
・・・という小咄です。え?面白くなかった?

 

しかし、日本語の難しさとはこれだけでしょうか。
漢字だけが難しいのであれば、覚えてしまえばそれでおしまい。受験勉強よろしく脳のCPUをフル稼働させれば、まあなんとかなると思います。
この漢字という高い壁だけでも頭痛のタネなのに、それを越えてもまだ壁があるというところが、日本語の難しさ。いや、日本語勉強中の外国人にとっては恐怖かもしれません。

1.漢字に音読みと訓読みがある

漢字だけなら、漢字の総本家中国語も同じじゃないかという意見もあります。それはごもっとも。特に台湾・香港(とマレーシアの華人社会)は日本も戦前に使っていた旧字体(繁体字)を使用するので、漢字単体なら日本より難しい。「塩」を「鹽」と書かれた時はお手上げです。
日本語と中国語の漢字の大きな違いは、一つの漢字に複数の読み方があること。中国語には基本的に一つしか存在せず、複数の読み方も存在はするものの、その都度覚えていけば済む程度の例外です。

しかし、日本語はそうはいかない。
日本語には、「音読み」「訓読み」の2つの読み方があります。
音読みは、日本に伝来した大陸(中国)の時代によって「漢音」「呉音」「唐音(&宋音)」に分かれます。「京」だと漢音が「けい」、呉音が「きょう」、唐音が「きん」という風に、いくつもの読み方に分かれ、さらにどれをどう発音するかは単語によるので法則はなし。

さらに厄介なことに、「当て字」もあります。

当て字 :日本語を漢字で書く場合に、漢字の音や訓を、その字の意味に関係なく当てる漢字の使い方。
(大辞泉)

「目出度い」や「呉れる」、昔の人がよく書いていた「六かしい」(むつかしい=難しい)もそれに当たります。「夜露死苦」もそうですね。
当て字は文学作品などには多く、特に夏目漱石は当て字の名人と言っていいほど、文面に当て字を散らしています。日常会話レベルではそれほど出てこなくても、文学などの上級編になるとこの当て字との戦いも待っている…と。

2.必須語彙数が多すぎ

19世紀、英語イギリスvs仏語フランスの国際共通語の座をめぐるバトルが行われていました。結果英語が勝利したのですが、その理由の一つに文法のシンプルさもあるのではないかという自説を持っています。
えーーあれでシンプルなの!?という声が画面の奥から聞こえてきそうですが、フランス語やスペイン語、ましてやドイツ語に比べれば、英語文法は鼻くそレベルの楽勝です。

しかし、英語は難しいなーと感じるところは、”sweat”と”perspiration”(意味:汗)のように、同じ意味の語彙(単語)が山というほどあること。
日常会話に必要な語彙数は、フランス語でだいたい900~1200程度。言語学者の千野栄一氏によると、欧州の言語は「英語を除くと」1000語覚えておけば日常生活に事足りるとのこと。
対して英語における必須語彙数は、ざっくりで2,600~2,700語だそう。これは、TOEIC700点取得に必要とされる単語数に匹敵します。

これが日本語となるとどうなるのか。研究者にもよりますが、だいたい7,000~10,000語くらいだろうと言われています。新聞を完全に理解する読解力になると、さらにこの1.5倍増し。
さらに文学のような上級編となると、慣用句や古語、そして俳句の季語など、いくつなのかどうでも良くなる次元に。俳句の季語だけでも、初心者向けポケット歳時記で約2,000語(副題含む)ありますからね。
もっとさらに、言葉遊びや漢字の組み合わせなどで、どんどん語彙が無限増殖されていく始末。これでは日本人でさえノイローゼです。

「言語は生き物である」という言葉があります。言語も時代の流れの中でどんどん変化しているのですが、日本語はその新陳代謝が非常に早いのも特徴です。言葉遊びが好きな民族性なので、今でもネット上で新しい言葉がどんどん「開発」され、衰える気配がありません。

3.主語が略されて記述があいまい

日本語の大きな特徴の一つに、主語をあいまいにしたり、省略したりすることがあるという点があります。『源氏物語』や三島由紀夫などの文学者を海外に紹介し、海外では「日本文学の権威とくればこの人」というドナルド・キーン氏が、日本語→英語の翻訳でいちばん難しいところにこれを挙げていました。

対して英語は、「主語+動詞+目的語」の形が絶対で、古くから伝わる慣用句を除いてこの語順が変わるということは、ほぼありません。
英語に限らず、ヨーロッパの言語は基本的に主語は略しません、いや、略せません。
スペイン語やイタリア語、ロシア語などは主語が省略されてるじゃねーかという反論も出てくるかと思いますが、あれは動詞の活用・変化で主語が誰かわかっているからこそ省略できるという条件がついています。英語はその特性を失っているからこそ、主語がぜぇ~~ったいに必要なのです。

対して日本語の主語省略は、そんな制約なしに自由自在。主語が誰かは文の流れで解釈しろという、文面での空気嫁です。
それが外国人には、そんな無茶苦茶な!と思えるのです。

こんな会話があります。

彼氏「明日どこへ行きたい?」
彼女「東京ディズニーランドに行きたいな~」
彼氏「ごめん、給料日前でお金ないや・・・」
彼女「もう、バカ!」

何気ない会話ですが、これ、全部主語が抜けています。
我々は習慣で主語がわかりますが、その訓練を積んでいない外国人にはさっぱりわわからない。その証拠に、これを英語に訳すときにまずスタートさせる第一歩は、主語を確定させることです。何度も言いますが、欧米の言語には主語が絶対に必要なのです。

その証拠に、上の会話をを英語に訳してみます。自分の頭の中で作成した手作り翻訳なので、英語間違ってるよということがあればご勘弁を。

彼氏:Where do you want to go tomorrow ?

彼女:I would like to go to Tokyo Disneyland…

彼氏:Oh my God ! I don’t have money because it‘s before my payday.

彼女:Oh, that‘s silly !

下線を引いた単語が主語(or主語に相当するもの)ですが、全部何かしらの主語がついているでしょ?主語がない日本語とは真逆です。

名の知れた文学者の小説になると、もっと高度なテクニックで主語をボカします。
これを知った時の本には、谷崎潤一郎の『細雪』が文例として載っていましたが、日本人でも誰が主語なのかわかりません。実際に『細雪』を英語に翻訳したキーン氏は、ぼかし方が上手いなーと感心しつつ、冷や汗をかきながら作業をしたとか。

 

我々が日常から使っているもので、究極に略されている言葉があります。
それが「よろしくお願いします」
これをいきなり英語で訳せと言われても不可能です。最低でも前後のニュアンスを察し、「誰が」「何を」「どのように」お願いするのかを明確にしないと、翻訳(通訳)しようがありません。

モンゴル力士のパイオニア、元旭天鵬(現友綱親方)と元旭鷲山がある日、引退が決定した元旭道山に呼び出されました。そこで
「あとは頼んだぞ」
と一言だけ言われたそうです。
「何を頼まれたのか、さっぱりわからなかった」
と友綱親方は笑いながら当時を振り返っていました。その後自分が部屋頭になり後輩を引っ張る立場になりようやく意味を理解したのですが、それまでかなりの時間がかかったそうです。

「よろしくお願いします」は普段何気に使っていますが、コンパクトにまとめることが好きな日本人らしい、究極にミニマリズムな言葉と同時に、究極に空気読めなフレーズでもあります。

 

4.オノマトペが多い

「オノマトペ」とは、擬音語と擬態語(擬声語)のことを言い、元々はフランス語の“onomatopee”から来ています。
日本語のオノマトペの数は、確か日常会話で最低限覚えるべき表現だけでも600以上。学術的には5,000語以上だそうです。
これは、第二位の中国語(300ちょっと)のダブルスコアとぶっちぎりで、英語でだいたい170前後です。中国語も、勉強してみるとオノマトペ表現の豊富さに意外さを感じますが(台湾で使われる”台湾華語”になるとさらに多い)、それでも日本語の半分です。

数あるオノマトペの中でも究極の奥義と言えるものは、

「シ~~ン」

これ、我々には意味がわかりますよね。
音がないのを表現する擬音語…外国人は確実にテンパります。神様私はもう日本語が理解できませんと、跪いて祈り始めます
パックンでお馴染みのパトリック・ハーラン氏が、今までいちばんビビった日本語がこれだそうで、

「音がないのに音がある!?それこそWhy Japanese language!?ですよ」

ハーバード大学の頭脳をもってしてもお手上げだそうです。

当然、英語にはそんな言葉が存在しないので翻訳は不可能。マンガでも敢えて訳さず(ってか訳せない)、「シ~ン」のままだそうです。

 

5.方言が多い

日本語には各地に方言が数多く残っています。しかも、最近は方言ブームか回帰の流れに傾いています。
しかし、明治時代からつい最近まで、方言は「排除されるべきもの」として標準語に置き換えられる歴史を歩んできました。
特に東北と沖縄方言は集中的に「弾圧」され、沖縄では学校で方言を話すと、
「私は方言をしゃべりました」
という立て札を、学校にいる間首からぶら下げないといけなかったそうな。

こういう話は、戦後の台湾でも聞いたことがあります。
蒋介石が生きていた国民党時代の学校で台湾語を話すと、「私は台湾語を話した悪い子です」と書かれたプラカードを首からぶら下げられ、かつ罰金でした。
台湾に住んでいた20年前、こんな話を日本で聞いたことあるんけど、本当?と中国語の老師に聞いたら、
「うん、本当よ」
と本人経験の具体例まで聞いたので、本当でしょう。

しかし、同じことが沖縄でもあったことには、私もビックリでした。
方言も形がない独自文化の一つ。形がないだけに、保存し大切にしないと後々、しまったとほぞを噛むことになります。

 

それはさておき、よくある外国語の質問にこういうものがあります。
「外国(語)にも方言ってあるの?」
そりゃあります。
中国語も、東京に当てはめれば渋谷・原宿・新宿にそれぞれ方言があり、お互いの言葉が通じないほど方言差が激しく、アメリカやカナダ英語も、イギリス目線なら「英語の北米方言」です。韓国と北朝鮮もやはり違い、北朝鮮人の朝鮮語は独特のイントネーションがあるそうです。
ただしロシアのように、あれだけ国土がデカいのに方言差が言うほどでもない国もあります。

日本の方言のバラエティの豊かさに関しては、世界レベルで見ても相当豊かな方だと私は思っています。
「まるで外国語」の沖縄方言も、元をたどってみると上代日本語(奈良時代以前の日本語)の生き残り、言語学的にはウチナーグチ(沖縄弁)の方がむしろ「元祖日本語」。

それが逆に、外国人をして難しいと思わせる要因かなとも思います。
たとえば、日本語が話せる外国人が、日本語で話かけてきたとしましょう。
外国人慣れしている人ならば、相手の日本語の能力に合わせて標準語にしたり、簡単な言葉になおしたりと調節できます。何が好きで標準語を話さなあかんねん、という大阪ナショナリストの私も、外国人にはまず標準語で話します。
しかし、慣れていないとついつい方言丸出しに話してしまい、リスニング力がついていない外国人は、「ニホンゴハムズカシイデスネ」と当惑してしまうかもしれません。
しかも、日本語の方言は標準語とは近そうで遠い、いや遠そうで近いというビミョーな立ち位置が、余計「ムズカシイ」とされてしまう原因かもしれません。
方言どうしが外国語とみなして良いほど離れている中国語の方言2なら、「別言語」として別の脳で処理できますし。

ちなみに、国立大阪大学の留学生日本語クラスには、選択科目で「関西弁講座」があり、漫才のリスニングもあるなどかなり本格的だそうです。

NEXT⇒逆に日本語の簡単な面は?
  1. オランダ語を「低地ドイツ語」としてドイツ語の方言扱いする学者もいます。
  2. 中国語の方言は、単語や発音はおろか、文法まで違ってくる。

コメント

  1. しばいぬひなこ より:

    日本語は~の記事、とても面白かったです。
    国によって言語の難しさの基準が違うのですね
    特に音読みの種類の違いについては、長年漠然と抱いていた霧が晴れいくようでした。

    ブログ主を知ったのは、twitterがきっかけです。
    古い建物を見るのが好きで、偶然お見かけして以来、投稿を楽しみにしております。
    歴史的建築物と言われるものには、必ずしも良い意味ばかりではないと知り、驚きました。

    女性として遊郭を見ると、どうしても哀しい歴史に思いを巡らせてしまいます。
    その時代に生まれていたら、自分もこの中にいたかもしれない…と。
    この中にいたとしたら、それでもこの建物を美しいと思えただろうか…と。

    歴史を振り返ると、その時代の常識ってある意味で怖いと思いました。

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