遊郭・赤線跡をゆく

スポンサーリンク
遊郭・赤線跡をゆく

旧川本楼(町家物語館)の秘密 第四章ー浴室

奈良県大和郡山市にあった洞泉寺遊郭。またの名を「又春廓」その中に残るのが「旧川本楼」。大和郡山市が税金で買い取り残した遊郭の元妓楼で、現在は「町家物語館」として無料公開されています。ここの基本的な説明は、下記のアコーディオンの中に書かれてい...
遊郭・赤線跡をゆく

洲崎遊郭跡地を歩く|「洲崎パラダイス」の現在【性地巡礼】

帝都東京にあった遊郭、そして日本有数の規模の遊里でありながら、遊郭界の巨人こと吉原遊郭の陰として永遠のナンバー2を宿命づけられた州崎遊郭。今回は、その遊里跡を歩いていきます。といっても、通史編のとおり戦前の遊郭は空襲で跡形もなく焼けてしまい...
遊郭・赤線跡をゆく

竹林寺ー松島遊郭の遊女を弔う無縁仏の塔|遊郭・赤線跡をゆく|

戦前の「大大阪」には、遊女数・客数・戦前最大の遊郭「松島遊郭」が、大阪市西区に君臨していました。人呼んで、「近代遊郭三冠王」。遊郭の代名詞こそ東京の吉原でしたが、数字的にはその上の、事実上の日本一の巨大遊郭が大阪にあったのです。そんなスーパ...
遊郭・赤線跡をゆく

旧川本楼(町家物語館)の秘密 第三章ー帳場

奈良県大和郡山市にあった洞泉寺遊郭。またの名を「又春廓」。その中に残るのが「旧川本楼」。大和郡山市が税金で買い取り残した遊郭の元妓楼で、現在は「町家物語館」として無料公開されています。ここの基本的な説明は、下記のアコーディオンの中に書かれて...
遊郭・赤線跡をゆく

貝塚「遊女の墓」とは?|遊郭の遊女・お千代の悲劇と山奥に残る伝説

大阪府貝塚市に残る「遊女之墓」とは何か。江戸時代の貝塚遊郭で働いていた遊女お千代の悲劇的な伝説、墓の場所や歴史背景を現地写真とともに解説。貝塚遊郭との関係も紹介します。
遊郭・赤線跡をゆく

大和郡山・洞泉寺遊郭跡 町家物語館の内部ガイド|遊女の茶碗収納棚!?

奈良県大和郡山市の旧川本楼(町家物語館)に残る「遊女の茶碗収納棚」とは?福沢諭吉が遊女屋の茶碗を盗んだ❗?洞泉寺遊郭の元妓楼に残る貴重な遺構をもとに、その用途や配置の意味、高額紙幣の顔の意外な顔を解説します。
遊郭・赤線跡をゆく

藤沢遊郭の歴史(神奈川県藤沢市)|遊郭・赤線跡をゆく|

藤沢にはかつて、遊郭・赤線地帯が存在していました。結論から述べると、藤沢の遊郭は最初は旧東海道沿い(大阪町、大富町)に散在していたものの、のちに藤沢駅の北口の新地(辰巳町)に集約されました。残念ながら、現在は再開発によりほぼ消滅してしまいま...
遊郭・赤線跡をゆく

旧川本楼(町家物語館)の秘密 第一章ー遊郭の価格表

大和郡山市の洞泉寺遊郭の旧貸座敷、妓楼の川本楼、現町家物語館に残る遊郭の資料の一つ、値段表を見ながら『全国遊廓案内』の記述と比較してみる。
遊郭・赤線跡をゆく

大阪・松島遊郭跡の現在|空襲に消えた日本一の遊郭跡を歩く【性地巡礼】

大阪市西区にあった日本最大級の遊郭・松島遊郭は、空襲で完全に消滅しました。本記事では現在の街並みや残された痕跡を現地調査で検証。場所や歴史の痕跡もわかりやすく解説します。
遊郭・赤線跡をゆく

飛田遊郭外伝 飛田新地の絵はがきの場所はどこなのか

大阪の飛田新地。遊郭時代の飛田新地の写真で、有名な絵葉書があります。「弦歌の日夜絶えざる飛田遊廓」と書かれたこの絵はがき、『大阪便覧』(大正15年刊?)にも掲載されており、ネットでも散見するので見たことがある人が多いと思いますが、飛田遊廓な...
遊郭・赤線跡をゆく

大宮北銀座の赤線跡(埼玉県さいたま市)|遊郭・赤線跡をゆく|

大宮駅北部の大宮北銀座には、戦前から特殊料理店(私娼窟)があり戦後には赤線地帯があった。現在も特殊なお風呂屋さんが並ぶ北銀座の歴史
まとめ記事

【記事まとめ】遊郭・赤線跡をゆく 関西・近畿地方の遊郭・赤線一覧

京都府中書島(京都市伏見区)舞鶴市ー海軍さんの町にあった4つの遊里!福知山猪崎新地舞鶴が海軍御用達なら、福知山は陸軍の御用達遊郭。当時の建物が残っていました。大阪府ー松島遊郭、飛田遊郭、堺龍神・栄橋遊郭、貝塚遊郭など筆者大阪府の遊郭は数が多...
タイトルとURLをコピーしました