日本語はムズカシイ…アメリカが認める(?)日本語の難易度
アメリカの外務省にあたる国務省に、「外国語習得難易度ランキング」というデータがあります。
外国とのお付き合いが主なお仕事の外交官は、対象国の言葉を覚える事が基本中の基本。その習得の時間で難易度を分けた表が上の世界地図の色分けとなります。
なお、外国語の「習得」という基準は一体なんだという議論がよく行われますが、この「習得」はスピーキングとリーディングです。
あくまで英語話者の目線ですが、言語的に近い親戚にあたるヨーロッパの言語は、カテゴリー1~4までの部類になっています。カテゴリー3は900時間以内に習得可能という基準があり、1年以内に習得できるという、英語ネイティブから見た比較的簡単な言語となります。
欧州系このカテゴリー3までの色分けで、言語を勉強している人間として面白かったことがあります。それは、フランス語・スペイン語・イタリア語などは緑色の「カテゴリー1」、つまり「サルでもできる」な部類に属していることに対して、ドイツ語は一段階難しいカテゴリー2に分類されていること。
英語を言語学的な住所で表現すれば、「インド・ヨーロッパ語族、ゲルマン語派、西ゲルマン語群」となります。その中の西ゲルマン語群には、ドイツ語とオランダ語も入っています1。つまり英語とドイツ語は、人間で言えば血のつながった実の兄弟だということ。実際そうだし、似ている単語も多数あります。
では、何故英語ネイティブから見たドイツ語は、「兄弟」なのに他と比べて難しいのか。それは英語の歴史を紐解いていくとわかります。
英語さんはドイツ語さんと親は同じの兄弟なものの、諸事情で幼い頃に英語さんが仏語さんに里子に出されてしまい仏語さんの家庭環境で育ちました。その結果、英語さんの性格がめちゃ仏語っぽく変化し、仏語さんの姉妹であるイタリア語やスペイン語さんなどとも性格そっくり。でもさすがは実の兄弟、顔はドイツ語さんやオランダ語さんとめっちゃ似てるよね~。
英語及びその歴史を擬人化すると、こんな感じです。
閑話休題。
欧州諸言語の上に立つ「カテゴリー4+」には、モンゴル語・フィンランド語・ハンガリー語の遊牧民族系言語、東南アジアのタイ語とベトナム語がエントリーされています。4以上は、英語などのヨーロッパ系言語とは文法構造を全く異にする言語です。
その上の「カテゴリー5」になると、アラビア語や中国語、韓国・朝鮮語がエントリー。
その中で、最凶難易度の「カテゴリー5+」にただ一つ分類されたのが、我らが日本語。世界で唯一無比のオンリーワン。
私から見ると、アラビア語の方がよっぽど難しいんじゃないかと思うのですが、それ以上に難しいとアメリカ国務省が認定してしまったということで。
日本語は何故、どこが難しいのか
「イイネ」ではなく「ムズカシイネ」をいただいてしまった日本語の難しさですが、一体何が、どう難しいのか。これを客観的に見ていきましょう。
日本語勉強中の外国人に、「日本語のどこが難しい?」と聞くと、半分以上の人は漢字と答えるはず。ただし、漢字を使う中華圏の人は除いて。
常用漢字の数は法令で定められており、その数2,136字。我々はこれを、学校で9年かけて勉強するのですが、外国人がこれを覚えるエネルギーたるや、メンタルが弱い人は精神を病むほどだそう。
趣味や興味から日本語の海原に入り、ヒャッハーと漢字の海にタイビングして「溺死」する人が多数。そりゃ我々も、古代エジプトの象形文字を2,136個覚えろと言われれば、どんな罰ゲームやねんと頭を抱えるはず。
ところで最近、海外での日本文化の浸透で、英語で漢字を「Kanji」と呼ぶことが多くなったそうです。ネット上では、”Chinese character”だと「画数」が多いからか、ほぼ「Kanji」一択です。
本家のお株を奪われた中国人が、この流れになんでやねんと頭を抱えているそうですが、日本語学習者の間では漢字の勉強時間を、“punishment”(懲罰、虐待)と呼ばれて恐れられています。
…という小咄です。え?面白くなかった?
しかし、日本語の難しさとはこれだけでしょうか。
漢字だけが難しいのであれば、覚えてしまえばそれでおしまい。受験勉強よろしく脳のCPUをフル稼働させれば、まあなんとかなると思います。
この漢字という高い壁だけでも頭痛のタネなのに、それを越えてもまだ壁があるというところが、日本語の難しさ。いや、日本語勉強中の外国人にとっては恐怖かもしれません。
漢字に音読みと訓読みがある
漢字だけなら、漢字の総本家中国語も同じじゃないかという意見もあります。それはごもっとも。特に台湾・香港(とマレーシアの華人社会)は日本も戦前に使っていた旧字体(繁体字)を使用するので、漢字単体なら日本より難しい。「塩」を「鹽」と書かれた時は、日本人ですらお手上げです。
日本語と中国語の漢字の大きな違いは、一つの漢字に複数の読み方があること。
中国語の漢字の読みは、基本的に一つしか存在しません。複数の読み方も字によっては存在はするものの、その都度覚えていけば済む程度の例外です。中国語と四半世紀のあいだ戯れている人間(筆者)が言うのだから、間違いない。
しかし、日本語はそうはいきません。
日本語には、「音読み」と「訓読み」の2つの読み方があります。
音読みは、日本に伝来した大陸(中国)の時代によって「漢音」「呉音」「唐音(&宋音)」に分かれます。「京」だと漢音が「けい」、呉音が「きょう」、唐音が「きん」という風に、いくつもの読み方に分かれますが、それだけならまだマシな方。
これの最も難しいところは、どれをどう発音するか、法則性がまったくないところです。それこそ、字ごとに覚えろ以上。学習者目線で見ると、漢字を覚えるだけでも地獄の苦しみなのに…とここで心がバキバキに折れるでしょうね。
さらに厄介なことに、上級編として「当て字」もあります。
「目出度い」や「呉れる」、昔の人がよく書いていた「六かしい」(むつかしい=難しい)もそれに当たります。「夜露死苦」もそうですね。かく言う私も、「狂れる」なんてオリジナル当て字をブログで使いますし。
当て字は文学作品などに多く、特に夏目漱石は当て字の名人と言っていいほど、文面のあちこちに当て字を散らしています。日常会話レベルではそれほど出てこなくても、文学などの上級編になるとこの当て字との戦いも待っている…と。
必須語彙数が多すぎ
18世紀から19世紀にかけ、英語vs仏語の国際共通語の座をめぐるバトルが行われていました。結果英語が勝利したのですが2、その理由の一つに文法のシンプルさもあるのではないかという自説を持っています。
あれでシンプルなの?
という声が画面の奥から聞こえてきそうですが、フランス語やスペイン語、ましてやドイツ語に比べれば、英語文法は名詞の性別や再帰動詞がなく、仮定法の使用も限定的なだけ鼻くそレベルの楽勝です。
しかし、英語の難しいと感じるところは、“sweat”と”perspiration”(意味:汗)のように、同じ意味の語彙(単語)が山というほどあること。これは、前述した「英語が仏語さんに里子に出された」影響の最たるもの。
日常会話に必要な語彙数は、フランス語でだいたい900~1200程度。言語学者の千野栄一氏によると、欧州の言語は「英語を除くと」1000語覚えておけば日常生活に事足りるとのこと。
対して英語における必須語彙数は、ざっくりで2,600~2,700語だそう。これは、TOEIC700点取得に必要とされる単語数に匹敵します。数字的な「英語ペラペラ」はTOEIC700点だと外資系企業の中の人から聞いたことがありますが、いちおうこれが根拠なのか!?
これが日本語となるとどうなるのか。研究者にもよりますが、だいたい4~5,000語くらいだろうと言われています。新聞を完全に理解する読解力になると、さらにこの1.5倍増し。
さらに文学のような上級編となると、慣用句や古語、そして俳句の季語など、いくつなのかどうでも良くなる次元に。俳句の季語だけでも、初心者向けポケット歳時記で約2,000語(副題含む)ありますからね。
もっとさらに、日本には「造語のプロ」の落語家などがおり、言葉遊びや漢字の組み合わせなどで、どんどん語彙が無限増殖されていく始末。これでは日本人でさえノイローゼです。
「言語は生き物である」という言葉があります。言語も時代の流れの中でどんどん変化しているのですが、日本語はその新陳代謝が非常に早いのも特徴です。言葉遊びが好きな民族性なので、今でもネット上で新しい言葉がどんどん「開発」され、衰える気配がありません。
主語が略されて記述があいまい
日本語の大きな特徴の一つに、主語をあいまいにしたり、省略したりすることがあるという点があります。私を含めたネイティブにはいまいちピンときませんが、『源氏物語』や三島由紀夫などの文学者を海外に紹介し、海外では「日本文学の権威とくればこの人」というドナルド・キーン氏(故人)が、「日本語でいちばん難しいところ」にこれを挙げていました。
対して英語は、「主語+動詞+目的語」の形が絶対で、古くから伝わる慣用句を除いてこの語順が変わるということは、ほぼありません。
英語に限らず、ヨーロッパの言語は基本的に主語は略しません、いや、略せません。
スペイン語やイタリア語、ロシア語などは主語が省略されてるじゃねーかという反論も出てくるかと思いますが、あれは動詞の活用・変化で主語が誰かわかっているからこそ省略できるという条件がついています。英語はその特性を失っているからこそ、主語がぜぇ~~ったいに必要なのです3。
対して日本語の主語省略は、そんな制約なしに自由自在。主語が誰かは文の流れで解釈しろという、文面での空気嫁です。
それが外国人には、そんな無茶苦茶な!と思えるのです。
たとえば、こんな会話があります。
明日、どこへ行きたい?
ディズニーランドに行きたいな~
ごめん、給料日前でお金ないや
もう、バカ!
何気ない会話ですが、これ、全部主語が抜けています。
我々は習慣で主語がわかりますが、その訓練を積んでいない外国人にはさっぱりわわからない。その証拠に、これを英語に訳すときにまずスタートさせる第一歩は、主語を確定させることです。
その証拠に、上の会話をを英語に訳してみます。教科書通りの手作り翻訳なので、英語間違ってるよということがあればご勘弁を。
Where do you want to go tomorrow ?
I would like to go to Tokyo Disneyland.
Oh ! I don’t have money because it‘s before my payday.
Oh, that‘s silly !
全部何かしらの主語がついているでしょ?主語がない日本語とは真逆です。
名の知れた文学者の小説になると、もっと高度なテクニックで主語をボカします。
これを知った時の本には、谷崎潤一郎の『細雪』が文例として載っていましたが、日本人でも誰が主語なのかわかりません。実際に『細雪』を英語に翻訳したキーン氏は、ぼかし方が上手いなーと感心しつつ、冷や汗をかきながら作業をしたとか。
我々が日常から使っているもので、究極に略されている言葉があります。それが「よろしくお願いします」。
これをいきなり英語で訳せと言われても不可能です。最低でも前後のニュアンスを察し、最低でも「誰が」「何を」「どのように」お願いするのかを明確にしないと、翻訳(通訳)しようがありません。
モンゴル力士のパイオニア、元旭天鵬(現友綱親方)と元旭鷲山がある日、引退が決定した先輩力士の元旭道山に呼び出されました。そこで
あとは頼んだぞ!
と一言だけ言われたそうです。
何を頼まれたのか、さっぱりわからなかった(笑
友綱親方は笑いながら当時を振り返っていました。その後自分が部屋頭になり、後輩を引っ張る立場になりようやく意味を理解したのですが、それまで数年の時間がかかったそうです。
「よろしくお願いします」は普段何気に使っていますが、コンパクトにまとめることが好きな日本人らしい、究極にミニマリズムな言葉と同時に、究極に空気読めなフレーズでもあります。
オノマトペが多い
「オノマトペ」とは、擬音語と擬態語(擬声語)のことを言い、元々はフランス語の“onomatopee”から来ています。
日本語のオノマトペの数は、確か日常会話で最低限覚えるべき表現だけでも600以上。学術的には5,000語以上だそうです。
これは、第二位の中国語(300ちょっと)のダブルスコアとぶっちぎりで、英語でだいたい170前後です。中国語も、勉強してみるとオノマトペ表現の豊富さに意外さを感じますが、それでも日本語の半分です。
ところで…
「なんで今までこんなアニメがなかったんだ…」
と何百本ものアニメを見てきたオタクが驚き癒しとなっている『SPYxFAMILY』。
日本だけではなく世界中に広まったヒットの立役者が、主要登場人物(ってかほぼ主人公)の「自称6歳」のアーニャ。
彼女の魅力は、父性・母性本能を刺激するレベルのかわいらしさと、「顔芸」と呼ばれる(コラ画像のネタになるような)顔の表情の豊富さもありますが、もう一つが豊富なオノマトペ表現。
彼女が発する
「わくわく!」
はすでに世界中のオタクが”WAKU WAKU”と使い始めています。ついにはフィリピン政府某機関の公式サイトまで使い始め、それが世界的にバズるこの世の中よ。我々には別に何の変哲もない「わくわく」ですが、実は英語には適当な表現がありません。
実際、『SPYxFAMILY』のアニメではどう英訳されているのかというと、字幕では“I’m so excited” 、吹き替えでは“so good”になっています。
オノマトペは感情直結表現なので、”excited”という「説明文」にするとアーニャの個性が台無しになるのですが、これはどうしようもない、適当なオノマトペがないのだからそう訳すしかないのです。
外国のオタクもそう感じているらしく、アニメはいつも吹き替え版を見るという人も、これだけは字幕で見る、つまり『生WAKU WAKU』を聞きたいという人が多いようです4。
また、アーニャが「わくわく」の次くらいに発する、『SPYxFAMILY』ではおなじみのオノマトペに、
「がーん」
があります。日本人には意味がわかりますが、英語では“I’m shock(ed)”となっています。これも英語にはない日本語のオノマトペなので、英語字幕は「私はショックを受けています(した)」という「説明文」になっています。
数あるオノマトペの中でも究極の奥義と言えるものは、
「シ~~ン」
これ、我々には意味がわかりますよね。
音がないのを表現する擬音語…外国人は確実にテンパります。神様私はもう日本語が理解できませんと、跪いて祈り始めます
パックンでお馴染みのパトリック・ハーラン氏が、今までいちばんビビった日本語がこれだそうで、
「音がないのに音がある!?それこそWhy Japanese language!?ですよ」
ハーバード大学の頭脳をもってしてもお手上げだそうです。
英語どころか、世界の言語にそんな言葉が存在しないので、「シ~ン」の翻訳は不可能。マンガでも敢えて訳さず(ってか訳せない)、「シ~ン」のままです。
漫画内で字であらわされる効果音もオノマトペの一種ですが、これも英語では翻訳不可能なのか、たいてい日本語のままだそうな。
方言が多い
日本語には各地に方言が数多く残っています。しかも、最近は方言ブームか回帰の流れに傾いているようです。
しかし、明治時代からつい最近まで、方言は「排除されるべきもの」として標準語に置き換えられる歴史を歩んできました。
特に東北と沖縄方言は集中的に「弾圧」され、沖縄では学校で方言を話すと、
「私は方言をしゃべりました」
という立て札を、学校にいる間首からぶら下げないといけなかったそうな。
こういう話は、戦後の台湾でも聞いたことがあります。
蒋介石が生きていた国民党時代の学校で台湾語を話すと、「私は台湾語を話した悪い子です」と書かれたプラカードを首からぶら下げられ、かつ罰金でした。
台湾に住んでいた20年前、
こんな話を日本で聞いたことあるんけど、本当?
と中国語の老師に聞くと、
うん、本当よ!
本人経験の具体例まで聞いたので、本当でしょう。
しかし、同じことが沖縄でもあったことには、私もビックリでした。
方言も形がない独自文化の一つ。形がないだけに、保存し大切にしないと後々、しまったとほぞを噛むことになります。
それはさておき、よくある外国語の質問にこういうものがあります。
外国語にも方言ってあるの?
そりゃあります。
中国語も、東京に当てはめれば渋谷・原宿・新宿・高田馬場・池袋にそれぞれ方言があり、お互いの言葉が通じないほど方言差が激しい世界です。
アメリカやカナダ英語も、イギリス目線なら「英語の北米方言」。
オランダ語も、「ドイツ北部低地方言」とドイツ語界の関西弁のような扱いをする研究者もいます。
江戸時代に日本に来たシーボルトは、実はオランダ人ではなくドイツ人。日本に行きたくてどうにか日本へ行ける手段を考えた結果、オランダ人に化けて日本に来たのですが、長崎通辞(世襲制の通訳)が彼のオランダ語を聞いて、
あんたのオランダ語、アクセントおかしくね?
海外留学や滞在経験なしで外国人の「訛り」に気づくのはかなりハイレベルの語学力の持ち主ですが、ドイツ人だとバレそうになったシーボルトさん、とっさに
いやあ、僕のは「オランダ山地方言」なんだ(汗
ウソをついてその場をやり過ごした話があります。
これには
オランダに山なんかねーよ(笑
というオチがついているのですが、おそらくこのウソはシーボルトがオランダ語を「ドイツ語の亜種」とみなしていたか、そういう学説があるという知識を持っていた出任せだったのでしょう。
ロシアは、あの国土の割には方言差がほとんどありません。が、それでもあるっちゃあります。日本人がイメージする有名なロシア料理に「ボルシチ」がありますが1、これ実はサンクトペテルブルク方言。明治時代に伝わった時はロシア帝国、ロシア帝国の首都はペトログラード=サンクトペテルブルクで、サンクト方言が当時の標準語扱いだったのです。ちなみに、現在のロシア語(モスクワ標準語?)で「ボルシチ」は「ボルシュ(Борщ)」です。
日本の方言のバラエティの豊かさに関しては、世界レベルで見ても相当豊かな方だと私は思っています。
「まるで外国語」の沖縄方言も、元をたどってみると上代日本語(奈良時代以前の日本語)の生き残り、言語学的にはウチナーグチ(沖縄弁)の方がむしろ奈良時代、いや見方によっては古墳時代か弥生時代くらいの日本語の因子が残っているのです。
それが逆に、外国人をして難しいと思わせる要因かなとも思います。
たとえば、日本語が話せる外国人が、日本語で話かけてきたとしましょう。外国人慣れしている人ならば、相手の日本語の能力に合わせて標準語にしたり、簡単な言葉になおしたりと調節できます。
ブログは標準語で書いているので全く片鱗がないですが、筆者は大阪出身で普段はコテコテ大阪弁使い。
大阪弁は自分のアイデンティティの一つ。
何で無理して標準語しゃべらんとあかんねんアホちゃうんか
という大阪弁テロリストの私も、外国人にはまず標準語で話します。
しかし、慣れていないとついつい方言丸出しに話してしまい、リスニング力がついていない外国人は、「ニホンゴハムズカシイデスネ」と当惑してしまうかもしれません。
しかも、日本語の方言は標準語とは近そうで遠い、いや遠そうで近いというビミョーな立ち位置が、余計「ムズカシイ」とされてしまう原因かもしれません。
方言どうしが外国語とみなして良いほど離れている中国語の方言2なら、「別言語」として別の脳で処理できますし。
ちなみに、国立大阪大学の留学生日本語クラスには、選択科目で「関西弁講座」があり、漫才のリスニングもあるなどかなり本格的だそうです。
コメント
日本語は~の記事、とても面白かったです。
国によって言語の難しさの基準が違うのですね
特に音読みの種類の違いについては、長年漠然と抱いていた霧が晴れいくようでした。
ブログ主を知ったのは、twitterがきっかけです。
古い建物を見るのが好きで、偶然お見かけして以来、投稿を楽しみにしております。
歴史的建築物と言われるものには、必ずしも良い意味ばかりではないと知り、驚きました。
女性として遊郭を見ると、どうしても哀しい歴史に思いを巡らせてしまいます。
その時代に生まれていたら、自分もこの中にいたかもしれない…と。
この中にいたとしたら、それでもこの建物を美しいと思えただろうか…と。
歴史を振り返ると、その時代の常識ってある意味で怖いと思いました。
最高に面白くて、爆笑しながら読みましたw
まさに共感の嵐です。
外の世界の言語を覚えれば覚えるほど、如何に日本語が異次元なのかを痛感しますね。日本語を一から勉強している方々には頭が上がりません。
そういえば、とある海外の友人からこのようなコメントをいただきました:
『ほとんどの日本人の絵が上手いのは、毎日絵(漢字)を描いてるからだろ』
と聞いて、まさにそうだなと。書き順なんて物があると知ったら、発狂間違いなしでしょうw
擬音語に関しては、日常的に使われているものは勿論、新たなオノマトペを作りたければ作れるという無法地帯(しかも読み手は理解できる)。
これには「なぜ自分は理解できるのか?」と疑問に思うくらいです。
方言も勿論すごいのですが、ネット用語や若年層用語も目まぐるしい速度で変化していきますよね。特にネット用語に関しては、自分も見てきたので身に沁みます。
20〜15年前は『2ch用語』『ギャル語』などが流行っていましたが、今となってはその大半は死語と化しました。
例えば、【藁】は少し前の 【笑】であり、現在の【草】です。現在のネットで藁なんて使えば、生きた化石として保護されてしまうでしょう。
たった数年前まで溢れかえっていた「ワロタwwwwww」ですが、今となってはネット老人の発言だと即バレしてしまいます。
【JK】は【常考】の略、「常識的に考えて」の略でした。しかし、それは次第に【女子高生】へと意味を変えていきました。
【希ガス】【微レ存】【(ry】【KONAMI】……
こう見ると、自分は社会に置いていかれているんだなと、少し悲しくなってしまいますけどねw
やはり言語は最高に面白いですね!書いていてすごい楽しかったです。