映画『太陽の墓場』の舞台を歩く

大島渚太陽の墓場大阪大阪史
釜ヶ崎あいりん地区

釜ヶ崎…事情を知らない人は、名前を聞いただけで恐れおののく(?)、あのあいりん地区です。

よそ者が入れば身ぐるみ剥がされ、女はシャブ漬けにされて東南アジアに売り飛ばされると恐れられた地域の特質か、現在でも言われたい放題言われています。
その昔は、確かに生半可に近寄れるものではない魔気を発していましたが、今はかなり毒気を抜かれた街になりました。たとえるなら、去勢された猛獣か。
ただし、好奇心だけで人にカメラを向けるのはやめておいた方がいい。

しかしながら、ここはブログネタとしてはうってつけの地域。表層を抜けて深く掘っていくと面白いものが見つかるのではないか。いや、必ず見つかるに違いない。
虎穴に入らずんば虎子を得ず。敢えて「ドヤ」と呼ばれる簡易宿泊所に泊まり、同じ目線で釜ヶ崎を見てみようと。最近は、敢えて「釜」のドヤに泊まるのがマイブームになっています。お金がないわけじゃありません。

今回は一本の映画を通した釜ヶ崎の旅に出てみようかと思います。

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映画『太陽の墓場』

今から約60年前の昭和35年(1960)、釜ヶ崎を舞台にした一本の映画が上映されました。

映画の名前は『太陽の墓場』

監督は大島渚
私が物心ついた時分には、大島渚監督といえばTVタレントとしての顔が強く、
「『監督』と呼ばれとるけど何の監督や?」
と、幼い頃はいぶかしみながらテレビを見ていました。
今回が大島渚監督の映画の初観です。もう亡くなっていますが、今回初めて認識しました。この人、本当に映画作ってたのだと。

映画太陽の墓場

映画のポスターです。
「総天然色」って何やねん!?と思ったのですが、たぶん「フルカラー」ということでしょうね。映画史には疎いですが、昭和35年だと映画と言えどもカラーの方が珍しかったのかしらん。

映画のストーリーを超手抜きに説明すると、釜ヶ崎に住む様々なアウトローたちが繰り出すシリアスな人間模様であります。
映画でのキーワードを羅列していくと…「売血」「売春」「ポン引き」「愚連隊」「通天閣」「ルンペン」「日雇い労働者」「バラック」当時の釜ヶ崎の代名詞的用語が勢揃いです。なんちゅーところやねんと、まともな神経の持ち主ならここでドン引きです。
映像を見るとさらにビックリします。

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戦災の痕がまだ残っているところは残っている昭和30年代とは言え、ここは本当に日本なのかと。外国のスラムで撮影されたのかと思いきや、ところがどっこい大阪市内。

ところで、この映画とよく似たタイトルに、『太陽の季節』があります。
こちらは1955年(昭和30)石原慎太郎氏によって書かれた小説で、裕福な若者のちょっとやんちゃな物語。当時は売れに売れ芥川賞も受賞。「太陽族」という若者も出現した社会現象となり、翌年に映画化もされました。

対して数年後に上映された『太陽の墓場』は、売春・売血、そして殺人…生きていくためにはなんでもあり。社会のゴミの中に生きるゴミたちの物語。

同じ若者の青春映画なのですが、『季節』が陽なら『墓場』は陰。同じ『太陽』と名がついた映画でも、背景は真逆なのです。

なお、『太陽の墓場』の詳しいストーリーは、こちらよりご覧下さい。

映画の出演者たち

映画はヒロインの花子を中心として動きます。花子は「女」を武器に日銭を稼ぎ、己の利害のためなら敵とも手を結ぶ一匹狼の女性。実の娘にさえ手を出そうとする、天性の助兵衛の父親と暮らしています。

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花子役は炎加世子という女優が演じ、予告編には新人と書いてあります。
1941年生まれとWikipedia先生いわくなので、当時なんと19歳。釜ヶ崎の住人を直接スカウトしたんじゃないのかというほどの毒々しさ、泥水をすすりながら生きる「釜」の女性のたくましさを演じきっています。

ところで、劇内では花子がタバコ吸ってるシーンが所々で出現しますが、20歳未満は吸ったらあかんのとちゃうのん?今ならワイドショーの餌食となって監督謝罪会見不可避ですが、昭和30年代なのでそこらへんは、

「まあいいか~」

で済んだのでしょうね。

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もうひとりの主人公、武役は佐々木いさお
彼もこの映画がデビュー作とのことなので、フレッシュな新人です。リーゼント崩れの髪型で決めた、甘いジャニーズ系の顔ですね。

で、この名前と顔で、

もしかして、あの人?

とピンと来た方、その直感は正解!

本業は歌手なのですが、今やこの御方は!

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「アニソン界の大御所」、ささきいさお氏です。

名前を知らなければ、『銀河鉄道999』(TV版)、『宇宙戦艦ヤマト』、または「バンバラバンバンバン」こと『ゴレンジャー』の主題歌(オープニング・エンディング)を歌っている人と言えば、全員膝を叩くでしょう。

ちなみに、劇中でも『流氓ルンペンの歌』というものを披露していますが、やはり本職、ドロドロとした空気が清浄されるような声です。次に挙げる俳優の歌のヘタクソ具合とあいまって、さらにきれいに聞こえる(笑)

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もうひとりの映画の主役級である、愚連隊のボス信(しん)は津川雅彦。この人は説明不要でしょ。血の気の多いヤンキーですが当時は20歳、ギラギラしていて若い。私が言うのもなんですが、微笑ましいほど若い。
津川雅彦と言えば、大河ドラマの徳川家康のようなずる賢い狸親父的キャラが私の頭の中にこびりついているので、こんな若い時期があったのね~と(そりゃそうや)。
ちなみに、津川雅彦って歌…音痴とまでは言わないけれど、けっこうなヘタクソっぷりに草。

ところで、映画にうるさい人達の間では、『太陽の墓場』に対しこんな意見があります。

大阪が舞台なのに、みんな大阪弁ヘタクソ!

映画と言ってしまえばおしまいですが、ここで敢えて弁護を。
釜ヶ崎は確かに大阪です。が、住人の出身は実は北海道から沖縄まで全国規模。「ルンペン最後の掃き溜め」と化したからこそなのです。現在でも釜ヶ崎の生活保護受給者の「大阪市出身と府下出身と非大阪出身の割合」って、実は3:1:6です(大阪市福祉局平成28年データより)。九州出身だけで7割を超えていた時期もあったとか。

こういった背景がわかっていれば、イントネーションがヘンテコな関西弁でも映画の背景としては特におかしくない。

さらに現実世界の問題を書くと、映画自体2ヶ月という超短スケジュールで作ったものなので、大阪弁をトレーニングする時間もなかったのでしょう。

ところが、津川雅彦の関西弁はネイティブが聞いても全く違和感なし。むしろ、あの津川雅彦がスラスラと関西弁しゃべっとるやんという、逆の違和感が。
そこに疑問を感じてWikipedia先生に教えてもらったら!

なんや、兄貴ともども京都出身やんかー。

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他の有名どころでは、「北の国から」などで有名な田中邦衛が、盗品を売って日銭を稼ぐ盗賊役として出ています。

またこの映画には、一風変わった人も出ています。

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ジャイアント馬場に似ているこの人、名前も強烈ですが顔も一度見たら忘れられないレベル。

この人は羅生門綱五郎という元大相撲力士。黒澤明の『用心棒』でその異様な存在感が話題となり、映画マニアの間では有名なんだそう。

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劇内での花子(炎加代子)とのツーショットですが、彼女は当時の女性としてはかなり大きい162cm。それでも顔ひとつ分以上の差がありますね。羅生門の身長は203cmだったそうです。

この人のもう一つ特異なところは、本名を卓詒約(たくいやく)といい、台湾生まれの台湾人なところ。力士時代の四股名は「新高山一郎」。四股名からして納得ですが、台湾出身力士は相撲史的に非常にレア。彼を入れて過去4人(内一人は内地人で登録上の出身地は茨城県)しかいなかったはずです。。

そんな彼は数年後、何故かプッツリと消息が途絶えてしまいます。Wikipedia先生でも「生死不明」とされているのですが、当時の台湾情勢のこと、もしかして陰で政治活動に絡んで特務(秘密警察)に…の可能性もあります。

そしてもうひとり、すごくレアな人がいます。

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右端の永井一郎って誰かわかりますか?
(上の画像の右下のタイトルは、単に私の記入ミスです…スルーしてね)

え?わからない?

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ばかもん!!とあの世から波平さんの怒声が聞こえてきそうです。

永井一郎って波平さんの元中の人です。

この映画では「ヤリ(香車)」というあだ名のルンペン役なのですが、

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赤矢印のどちらかなんですよね…。でも、

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この公式プロフィールの顔のイメージが強すぎて、確証が持てません。
永井は豊中市出身の大阪人であり、アニメ『じゃりン子チエ』ではネイティブの大阪弁で演技してます。また、現時点でわかっている限り、これが彼の映画初出演でもあります。当時29歳。

声優という職業は、そもそも日本が発祥です。しかし永井もそうですが、アニメや映画の吹き替え創世記から活躍していた声優は皆、舞台を中心とした劇団所属の俳優でした。

俳優と声優、現在はほぼ分業されていますが、古い時代からの声優はみんな劇団員。今回の永井一郎の例も、「声優さんが映画に出てる!」ではなく、そもそもこっちが本業。元はみんな俳優女優、いや今でもそうなのです。

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コメント

  1. すい より:

    いつも楽しく読ませていただいています。
    地下鉄入口ですが、天王寺駅ではないでしょうか。時刻表が天王寺駅と一致しました。
    通天閣は合成なのかなと思いましたが、天王寺駅からなら角度の辻褄があいます。
    八尾市行きと平林町行きのバスのルートがわかるといいのですが…

    https://books.google.co.jp/books?id=b5TW3qf7JBQC&pg=PA360

    • 米澤光司 より:

      コメントありがとうございます。
      確かに時刻は一致するのですが、これ1968年(昭和43年)のですよね?ちょっと時期が離れすぎではと思うので参考記録かなと。
      もう少し上映時期が近い時刻表でご確認いただければ、可能性が増すのですが。私が持っている時刻表には地下鉄が載っておらず確認ができません。

      • すい より:

        1967年以前の全国のには載ってないですよね、地下鉄。載ってるのあるのかな? そのうち探してみます。

      • すい より:

        2年たってしまいましたが… 大阪市交通局「伸びゆく地下鉄」(1958)に天王寺駅の初発・終発が記載されており、1968年と時刻に変わりありませんでした。大阪市立中央図書館で確認しました。よろしければご参考になさってください。

  2. けせらんぱたやん より:

    はじめまして。

    私の亡くなった親父がこのロケを見物していたと聞いています。
    私なりに検証している点をいくつか列挙します。ご参考までに。

    現在JR大阪環状線と大和路線の複々線になっている線路は、当時は大和路線(関西線)のみで、現在の大阪環状線の線路の敷設されている場所には当時は線路はなく、土を盛っていた斜面になっていて、バラックは実際に存在していたそうです。
    また、線路の下のトンネルは現存していますが、西成側の食堂もおそらく当時には存在していたと考えられます。
    つまり、あれらはロケセットではなく、実際にあったモノをそのまま使っているはずです。
    また、1ページ目の、何処か解らない見通しの良い一本道の先に通天閣が見えている場所は、現在星野リゾートを建設している北側の道と思われます。つまり、ラストカットの南海電車の高架下のスリットから通天閣を見通している例のアングルの線上のカットです。(実はこれとほぼ同じアングルを「半沢直樹」の第1シーズンでも使っています)

    通天閣を背景にしているカットの中には、通天閣の東側=四天王寺側の一心寺の敷地内で撮られたカットもあります。
    映画の途中で運河や堀が出て来るシーンがありますが、あれらのシーンの一部は、現在は阪神高速道路の環状線のある場所ではないかと考えています。
    阪神高速道路を敷設する為の用地確保では運河の真上を利用したり、運河そのものを埋め立てていたようです。

    何かしらの参考になりましたら、幸いです。

  3. 北中道 より:

    この映画見ました。地下鉄の入り口のシーンは天王寺駅ですね。映画見てるとこの先が交差点になっていますね(交差点の信号が画面右側に見えてくる)。このシーンを初めて見た瞬間にJR天王寺駅北口を出てすぐの交差点(玉造筋と谷町筋の交わるところ)がすぐに思い浮かびました。グーグルマップで見ると通天閣が見える角度もドンピシャなのと、上の画像には映っていませんが、映画の中で一瞬映る画面右上の建物?は最近まで残っていたような。。。それとこのシーンで地下鉄に降りていく女学生二人の制服は天王寺駅でよく見かける大谷高校かと思われます。

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