吾輩は糖尿病である−夏目漱石と糖尿病

夏目漱石と糖尿病歴史エッセイ
夏目漱石

日本人なら知らぬ者はいない文豪、夏目漱石(1867-1916)。なに?知らない?Are you Japanese??

漱石の49年の人生、偶然ながら筆者も今年で49年、まだ死ぬ気配どころか死ぬ気すら全くありません。

それはさておき、漱石の人生は病気との闘いでした。幼い頃の疱瘡(天然痘)から、死因になった胃潰瘍まで、なかなかの病弱ぶり。それで49年も生きれば上等だ…漱石はそう思ったかどうかは定かではありません。

その漱石の病歴図鑑に、糖尿病もあったことはご存じでしょうか。

今日のお話は、そんな漱石の知られざる(!?)糖尿病とのお話。

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漱石は超甘党!

漱石と糖尿病を語るのに欠かせないのが、彼が甘党ということ。
甘党は誰しもそうで、私もダイエットを始める前は、ホットコーヒーに角砂糖4個入れるほどの超甘党でした。
しかし漱石の甘党は、傍目から見ると…ちょっと頭おかしくね?というレベルでした。

彼はイチゴジャムの瓶を月に8瓶空にするほどの甘党であり、パンもジャムをべったりつけるほど。

『吾輩は猫である』の苦沙弥先生のジャム好き、否、ジャム依存症状態は、漱石文学愛好者なら説明不要ですが、これは漱石自身の投影だったのですね。

また、鏡子夫人によると漱石宅には常にお菓子が大量に常備されていました。子供を含めた客人が多いのもありますが、メインの理由は漱石本人の消費用だったと。
その中でも、特に羊羹が好きだったみたいで、あまりに食べ過ぎるため夫人が隠していたら漱石が台所の戸棚を「すごい形相」で探していた話もあります。

元々甘党ということもあるのでしょうが、おそらくストレスもあったんだと思います。漱石さん、生涯を通してメンタルはさほど強くなかったようなので…。

漱石とくれば胃弱ですが、東洋医学では甘いものを食べ過ぎると脾(胃)を痛めるとされます。私も親から「万年糖尿病予備軍」と呆れられていたほどの甘党だっただけにわかるのですが、甘いものを摂りすぎると胃が重くなり、最後は吐き気を催します。

筆者
筆者

こりゃ胃を痛めるわ…

とセルフ糖質制限したこともありましたが、漱石の胃が弱かったのも甘党のせいかもね!?

漱石と糖尿病

漱石に糖尿病の兆候があらわれたのは、38歳のころ。胃の検査の際に尿を取ったところ、

主治医
主治医

尿に糖がいっぱい含まれてますな…

と医師から指摘されます。現在の糖尿病の見地ではそれだけで糖尿病と診断されることはないのですが、「糖尿病」という字面からわかるように、昔はこれが診断基準でした。

ところで、現在の糖尿病の基準は、あくまで血糖値とヘモグロビンA1c(HbA1c)の数値。なので

医者
医者

糖尿病って名前、古くさくね?

という議論が沸き起こっています。
医学界はダイアベティスという英語をカナにしただけの名前を流行らせたい所存ですが、これじゃあ予防医学の観点からもよろしくない。「糖尿病」というおどろおどろしい名前だからこそ、予防効果があるのだと私は感じます。
あくまで改名なら、個人的には「高血糖疾患症候群」など、漢字でおどろおどろしさを演出させる方が効果があると思うんですけどね〜。

閑話休題。

その後も、尿内の糖が多いでっせと度々指摘を受けますが、漱石はあまり気に留めなかったようです。

最初の指摘から約10年後の1915年末、放置した結果がついに表に出てきます。
首から肩、上腕部にかけて痛みを伴うようになります。それは日に日に酷くなり、ついには「不全」、全く動かすことができなくなってしまいました。
最初は寒さによる神経痛だろうと思った漱石さん、1ヶ月かけて温泉療養に出かけたのですが効果無く、結局主治医に、

主治医
主治医

あんた糖尿病です…

という宣告を受けることになってしまいました。

なお、漱石が罹った「上腕部の痛み」は、糖尿病の3大症状の一つ「神経障害」の一つで、医学的には「糖尿病性神経障害に伴う疼痛」と呼ばれています。
血糖値上昇で末梢神経がやられ、痛みやしびれを伴うもので、糖尿病患者の72%が体験ありの「糖尿病あるある」。5ちゃんねるの糖尿病関連スレでも頻出する常連の症状です。

なお、糖尿病は足にくる場合も多く、痛みの他にも、正座した後のあの足の痺れが正座してないのに続いたら、すぐに病院へ行けと言われるほどの「糖尿病あるある症状」。
さらにそれを放置すると、足の指から黒ずんだり潰瘍ができたりして、

医者
医者

ダメですね、足切りましょう♪

と否応なしに足切断です。

糖尿病と診断された漱石さん、当時の糖尿病治療は「糖質ゼロの食事」しかなくそれ以外の選択肢は死あるのみ。
ガチのNo Sweets No Lifeだった超甘党の漱石も、現実を受け入れるしかありませんでした。

糖尿病診断された翌々月から連載が始まった『明暗』(漱石の遺作にして未完)に、こんな記述があります。

『お延,叔父さんは情けない事になっちまったよ.日本に生まれて米の飯が食えないんだから可哀想だろう』
糖尿病の叔父は既定の分量以外の澱粉質を摂取する事を主治医から厳禁されてしまったのである.

『こうして豆腐ばかり食ってるんだがね.』

叔父の膳にはとても一人では平らげ切れないほどの白い豆腐が生のままで供えられた。
むくむくと肥え太った叔父の,わざとする情けなさそうな顔を見たお延は、大して気の毒にならないばかりか、かえって笑いたくなった。
『少しゃ断食でもした方がいいんでしょう.叔父さんみたいに肥って生きてるのは、誰だって苦痛に違ないから』

『明暗』東京朝日新聞 1916 (大正 5)年 7 月 28 日朝刊 連載第 60 回

おそらく、漱石本人の断糖食をそのまま描写したのでしょう。私も現在、ダイエットで緩い糖質制限をしていますが、「米の飯が食えない」のは正直かなり辛いです。
筆者は別に糖尿病でもなんでもないただのダイエットですが、それでも米…というか炭水化物が食えないだけで腹は減るはメンタルに来るは…夕食米抜き(朝昼はしっかり食ってる)だけでなんだこの情緒不安定と狂おしいほどの空腹感は。

つい先日まで甘いもの食いまくってたのに、

医者
医者

甘いもん食ったら死ぬで…

と言われて断たざるを得なかった漱石さんのメンタルはボロボロだったでしょうな…。

しかし、漱石さんは並の精神力ではなかった!

健常者がやっても音を上げそうになる糖質ゼロ食生活に耐えること数ヶ月、糖尿が改善し8月には糖尿量が3月の10分の1に減少。あれだけ苦しめられた腕の痛みも嘘のように治り、食事にパンを加えても糖尿値は変わりませんでした。漱石は糖尿病に克ったのです。
おそらくですが、漱石は現在の医療なら薬飲んで様子見ましょ〜程度の軽いものだったのかもしれません。

しかし、食事療法は引き続き続けていたようで、同年11月7日と8日に主治医に提出した食事が記録に残っています。それによると…

◆11 月 7 日
昼:かます二尾、葱の味嗜汁、パン、バター
晩:牛肉、玉葱、はんぺん汁、栗八つパン、バター

◆11月 8 日
朝:パン、バター、鶏卵フライ一箇

荒 正人:大正 5 年(1916):漱石研究年表,集英社,東京,1984,p830―881.

筆者は専門家ではないので、これが糖尿病患者食として理にかなっているかどうかはわかりません。が、ご飯を抜いてパンを食べ、大好きだったジャムをやめバターという低糖質の食材を選んでいる点で、かなり気を遣っていたことがわかります。
赤字が糖質ありの食材ですが、7日の晩ご飯はちょっと糖質多めかなとは思います。今のGI値で見てみると、玉ねぎは大丈夫なものの、栗はGI値高めな上に8個は食い過ぎ。主治医に怒られたかもしれません。

しかし、この半月後の同月下旬に胃潰瘍による大吐血で倒れ、12月9日に亡くなったのは周知の事実。糖尿病は乗り切ったものの、胃病とは最後まで縁が切れないまま、漱石はこの世を去りました。

この後、漱石は病理解剖され脳が摘出され、現在でも東大医学部にホルマリン漬けで保管されているのは有名な話です。

しかしこの時、膵臓も一緒に摘出されていたのは知られていません。
漱石の膵臓は60g。日本人の平均的な膵臓は70-75gであることを考えたら、漱石の膵臓は遺伝的に元々弱かったか、甘食によるインスリン大放出でかなり弱ってたのかもしれません。

なお、膵臓から分泌されるインスリンが糖尿病に有効とわかり、治療法に一筋の光が当たったのは、漱石の死から6年後の1922年1月、カナダでのことでした。
なお、その10ヶ月後に東北帝国大学の熊谷岱蔵博士が同じくインスリンを発見しますが、10ヶ月遅かったせいかノーベル賞を逃しています。
が、熊谷は引き続き糖尿病研究を続け、日本を糖尿病研究大国へと育てあげ(東北大学には現在でも学部から大学院まで糖尿病研究設備が揃っており、附属病院にも糖尿病専門科がある)、「糖尿病研究の父」として戦後に文化勲章を授与されています。

というか、このブログを書いたのが16日ですが、

筆者
筆者

確か「糖尿病の日」ってのがあったよな…

とブログを書き終えてふと気づき、ググってみるとその日はなんと2日前!
11月14日は「世界糖尿病デー」、インスリンが発見された日にちなんだ日なのですが、

筆者
筆者

2日前になぜ気づかなかったんや!

2日前に気づいてたらドラマやったのに…そんな悔しさを噛みしめながら、今回の糖尿病のお話はここで読み終わりと致します。

他にもこんな記事は如何でしょうか❗

なお、本記事は以下の論文をベースに、読みやすくまとめました。

夏目漱石の持病 糖質制限食による治療の考察 中嶋一雄論文
(認知症治療研究会誌 2022年9月)

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