遊郭・赤線跡をゆく 豊前田遊郭(山口県下関市)の歴史|遊郭・赤線跡をゆく| 下関新地遊郭、稲荷町遊郭に続く「遊郭跡シリーズin下関」の第三弾は、今の豊前田町にあった豊前田(ぶぜんだ)遊郭です。突然ですが、ここでちょっとひらめいた小咄を。熊さん豊前田の遊郭に行っても勃たなかったんだよ…八っつあんそりゃおめぇー、勃起ぶ... 2021.10.30 遊郭・赤線跡をゆく
ブログエッセイ 南海の新聞電車と女給電車【南海電鉄歴史紀行】 「女給」という響きには、どこか昭和を感じます。この言葉が生まれたのは、昭和ではなく大正時代のようで、宇野浩二の『苦の世界』(1918‐21)には「いっそのことカフエエの女給にならうかしら」という文章があります。それが全国区になったのは大正の... 2021.10.20 ブログエッセイ
遊郭・赤線跡をゆく 福島一本杉遊郭(福島県福島市)|おいらんだ国酔夢譚| 福島の遊郭史そもそも福島という町は、城下町と同時に奥州街道沿いの宿場町として栄えました。街道沿いにある北町(北裡)は旅籠が集まる通りとして賑わいをみせましたが、その中には飯盛女を抱えた遊女屋兼業もあり、大人の盛り場としての面もあったのは、他... 2021.10.15 遊郭・赤線跡をゆく
ブログエッセイ 桂歌丸と言語文化 2018年7月2日、落語の大家桂歌丸師匠が亡くなりました。決して身体が強い方ではなかっのですが、まだまだ落語をやるという気概は充満していたので、東京オリンピックまでは持つだろう。そう思っていた矢先のニュースでした。歌丸師匠といえば『笑点』。... 2021.10.12 ブログエッセイ
ブログエッセイ 神戸駅近くで発見された昭和の遺物-『貯蓄報国』と戦争 2021年、日付が10月に入る頃、Twitterであることがホットな話題になっていました。JR神戸駅付近、JRの高架下にあった壁が解体されると高架を支える柱が剥き出しになったのですが、そこにはある言葉が書かれていました。21世紀の時代には全... 2021.10.04 ブログエッセイ