洞泉寺遊廓〈又春廓〉(奈良県大和郡山市)-金魚の里に残る遊里の抜け殻

大和郡山市洞泉寺遊郭関西地方の遊郭・赤線跡
スポンサーリンク

洞泉寺遊郭跡を歩く

先日、毎日新聞でこんな記事が掲載されました。

□参考記事

大和郡山にある遊郭の貸座敷(妓楼)の取り壊し、つまり「死の宣告」が決まってしまったと。この記事を見て、いてもたってもいられない人もいるかもしれません。

現時点で、遊郭跡に残っている昔からの妓楼は7軒。そのうち4軒が取り壊し決定で、3月から作業を開始するようです。

洞泉寺遊郭取り壊し通知

現場では「死亡通知文」も貼られており、3月6日から作業を開始するとのことです。地元の人に話を聞くと、一昨年の台風(おそらく21号のことだと思われ)で家が修復不可なほど傷んでしまい、崩壊の危険がるので止むなく取り壊しになったとのこと。

工事の際にはブルーカバーが被せられることが考えられるので、「生の姿」を見ることができるのは、ここ一週間くらいかもしれません。行くなら今のうち、私もこうして10年ぶりに「最期の姿」を見に来たのだから。

よって、以下の文と写真は近日中、遅くとも数ヶ月後には「遺影」「追悼文」となります(一部を除く)。

2020洞泉寺遊郭妓楼1

JR大和路線の郡山駅から西へ向かって歩いて7~8分、遊郭跡に到着します。ここが元々は紅い灯が夜な夜な光る夜の街であったことを知っとる人は、地元以外で知る者は少なくなりました。

2020洞泉寺遊郭妓楼3

大きな道の国道108号線から遊郭の入口に入ると、隣は交通量が多い道路なのに関わらずシ~ンと静かになり、流れてる空気すらも変わることを体感できるはずです。遊郭・赤線の灯が消えて60数年経ちましたが、そのオーラはいまだ健在なのか。それは私にもわかりません。

左側に見える赤と緑の幟は源九郎稲荷神社のもの。道の奥に町名の由来となった洞泉寺がありますが、敷地を共有するかのように鎮座している神社です。
しかし、この稲荷神社は「日本三大稲荷」と呼ばれています。非常に小さな神社ですが格式は京都の伏見稲荷と同格。神社マニアがここを訪れ、近辺が遊郭だったことを知るパターンもあるそうです。

2010洞泉寺遊郭

2010洞泉寺遊郭2

ちなみにこれは、以前訪れた10年前の似たようなアングルでの写真です。

2020洞泉寺遊郭妓楼5

2020洞泉寺遊郭妓楼4

2020洞泉寺遊郭妓楼6

建物自体の迫力もさることながら、注目すべきはその装飾。この格子を見ただけでも、「これかなり金かけとるな」と思える格子の細やかさ、上に残っている灯が余計に趣を醸しだしています。

しかし残念ながら、こちらの建物は来月より取り壊し、余命幾ばくもありません。見るなら今のうちです。

2010洞泉寺遊郭3

遊郭入口から洞泉寺へと続く道の奥には、元妓楼がもう2軒残っています。

2020洞泉寺遊郭妓楼7

2020洞泉寺遊郭妓楼8

ここも、格子といい2階部分の丸い明かりといい、当時の雰囲気を色濃く残しております。まるで、夜になったら明かりがついて「営業」しそうなくらいに。

ここは現役の民家として使われており、会社のオフィスになっています。
こちらは取り壊しもなく引き続き残りますが、残っているのは外観だけで内部はすっかりリフォームされているとのことです。

2020洞泉寺遊郭妓楼9

違う道に入ると、この洞泉寺遊郭はまた違う顔を見せます。とにかく道が狭い所に木造3階建ての建物、当時は道の両脇にこんな建物があったはずなので、その威圧感たるやすごかったことでしょう。
東京とか大阪とかの都会ならさておき、戦前の地方で3階建てなんて高層ビル同然だったので。

この写真の奥に見える木造3階建ての建物は…

2020洞泉寺遊郭川本楼

今のiPhoneカメラの性能をもってしても収まりきれない横幅と縦幅、これはとんだ大妓楼。
ここは「旧川本邸」、主がいなくなり取り壊し確定だったところ、文化的価値ありと大和郡山市が買い取り、ン億円、確か3億か4億円かけ、10年の改修期間と不定期公開を経て、平成30年(2018)から「町屋物語館」として一般公開されました。

川本楼については、下のリンクからどうぞ!

おわりに

奈良洞泉寺遊郭

こちらもくどいようですが、川本楼と洞泉寺・稲荷神社の前の2軒以外は、来月から取り壊し作業が始まります。おそらく工事のためブルーシートが敷かれることになると思います。

私も数々の遊郭・赤線跡をこの目で見てきましたが、洞泉寺の建物の美は最高クラス。一つだけでも、よくぞここまで残っていてくれたと神に祈りたい気分ですが、それが4つも5つもとなると、日本でもそうそうお目にかかれるものではありません。

そんな数えるほどのものしかない妓楼が、間もなくその生涯を閉じようとしています。それは時代の流れ、致し方ない。私の意見はこうですが、だからこそせめて写真に残しておくべきであると。

これを間近で見るかどうかの判断はお任せします。が、遊郭史や和風建築に興味がある方は、行かないと必ず後悔するのは必至。それほどの価値があります。拝めるにはまだ一週間の猶予があります。

私は10年前、そして今年と2回にわたって写真に収め、こうして記録をブログに残しました。これで洞泉寺遊郭の「遺影」は、私がブログを消さない限り残ることでしょう。

↓大和郡山の遊里跡シリーズはこちら!↓
タイトルとURLをコピーしました