和歌山県和歌山市-阪和新地|遊郭・赤線跡をゆく|

和歌山阪和新地関西地方の遊郭・赤線跡
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現在の阪和新地を歩く

前述したとおり、阪和新地は「駅前遊郭」ならぬ「駅前私娼窟」として駅の目の前に存在していました。

 

阪和新地地図1958

同じ住宅地図でも、和歌山駅(当時は東和歌山駅)の位置を絡めて見てみると、その近さがよくわかります。現在の感覚なら、北大通りを渡ったらすぐ目の前。実際歩いても、大通りの信号待ちの時間を省くと3分ほどで着く距離です。何人のオスが鼻息を荒げながらなけなしの札束を握りしめ、北大通りの大交差点を渡ったことでしょうか。

 

阪和新地

ここがかつての阪和新地のメインロードにあたります。
左右に構えていた店は今はなく、駐車場やビルと化して見る影もありません。現役時代は駅前という絶好の立地条件を手に入れた阪和新地でしたが、そのせいで再開発の波にあっという間に飲み込まれてしまいました。

そんな中でも、かなり年代を経た建物は残っていることはいます。といっても唯一といってもいいのですが…

阪和新地

バーになっているこの建物、赤線当時の建物かどうかは定かではありません。が、かなり築年数が古いことは目に見えてわかります。

 

赤線時代阪和新地

場所的に赤枠で囲んだ位置にあたるので、おそらくこの2軒の生き残りではないのかと私は推測しています。
この店の隣には大きな駐車場になっていますが、おそらく新地の検番があったところでしょう。

 

またかつては、こんな建物もありました。

阪和新地

10年前に撮影したものですが、この建物は明らかに新地時代の生き残り。場所と当時の地図を照合すると、「きくや」で間違いありません。
残念ながら、この建物は現存しません。

 

上の写真にあるように、私は10年前に阪和新地を散策していました。逆に言えば、阪和新地の存在は10年も前からとっくに知っており、場所もほぼ特定しブログネタにするReadyはできてはいたのです。が、自分の調査ツールソースと資料が非常に乏しく、場所以外はほとんど何もわからず、文章にすることもかなわず、時だけが空しく過ぎていきました。こうして数々の調査ツールを得た今では、当時の己の知識のなさを痛感します。
しかし、こうして苦節10年以上、やっと文章として書ける現在、文章力はまだまだ発展途上ながら、調査能力は過去より着実に向上し、まだ十分とは言えない資料を駆使して書いている自分は、過去より着実に成長していることを噛み締めています。
私の中で、ペンディングどころか知の宿便として残った阪和新地、ようやく筆了となりました。

 

 

遊郭・赤線跡をゆくシリーズ⇒その他の地方の遊郭・赤線跡はこちらをクリックしてご覧下さい。

 

 


・『和歌山県史』
・『和歌山市史 第三巻近現代』
・『和歌山県議会史』
・『和歌山県警察史第一巻~三巻』
・『和歌山市住宅案内図 昭和33年度』住宅図刊行協会/編
・『大阪春秋 No.130 雪洞とハングルのある風景 今里新地』
・『今里新地十年史』(近代庶民生活誌13所蔵)
・『阪和電気鉄道史』
・『電話早見帖 和歌山市』
・『朝日新聞』

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