遊里史

スポンサーリンク
遊郭・赤線跡をゆく

飛田新地の歴史|遊郭から赤線への変遷を写真と資料で解説

現代の遊郭とも呼ばれる飛田新地。その設立から発展までの歴史。阿部定の遊女時代の記述も。
遊郭・赤線跡をゆく

港新地(大阪市港区)|遊郭・赤線跡をゆく|

遊郭・赤線マニアでもほとんどノーマークな大阪の元赤線「港新地」。埋もれていた資料を紐解き、忘れられた遊里の謎を解く。
遊郭・赤線跡をゆく

衆楽園遊郭(鳥取県鳥取市)|遊郭・赤線跡をゆく|

鳥取の瓦町にあった遊郭、衆楽園。遊郭から赤線までの歴史を、資料を使って解説。また「鳥取大火」と衆楽園の関係も。現代の衆楽園跡も訪ねる。
歴史探偵千夜一夜

『千と千尋の神隠し』を遊里史の視点から考察する

『千と千尋の神隠し』の舞台は遊郭だった!?映画に隠されたメッセージを遊郭史探偵が推測する…
歴史探偵千夜一夜

大阪府立難波病院-その病院、訳ありにつき

遊郭と性病遊郭…かつての合法的な売春街…と言ってしまえば男の天国、無味乾燥な性欲の掃きだめですが、遊郭には実は様々な役割がありました。一つは「犯罪者ホイホイ」。男というものは、大金を手にしたり、犯罪のような大きなことをすると、何故か女のぬく...
遊郭・赤線跡をゆく

【閉業しました】別府の元赤線旅館すずめ(大分県別府市)|遊郭・赤線跡をゆく 番外編|

大分県別府市の旅館「すゞめ」。お母さんが一人で切り盛りする宿は元赤線。赤線時代からという素晴らしいお風呂も堪能する価値ありの宿である。別府の私娼窟・赤線「行合町」の歴史も解説。
歴史探偵千夜一夜

飛田新地の「嘆きの壁」|遊郭を囲った壁の痕跡

大阪市西成区にある飛田新地を囲っていた「嘆きの壁」と呼ばれたコンクリートの壁は何のために作られたのか?遊郭をぐるりと外側から隔てていた壁の役割や歴史、現在も残る痕跡の場所を現地調査も含めて詳しく解説。
遊郭・赤線跡をゆく

大社柳町遊郭(島根県出雲市)|遊郭・赤線跡をゆく|

出雲大社の門前町に「遊郭」があった!?地元で集めた資料から明らかに!ほとんど知られることがなかった大社の遊里史。現在の遊里跡も訪ねる。
遊郭・赤線跡をゆく

塩冶新地・有楽町(島根県出雲市)|遊郭・赤線跡をゆく|

遊郭・赤線マニアでもほとんど気づかれることがなくノーマークだった出雲市(今市)の色街。地元の図書館で資料を集め、謎の遊里の詳細がここに明らかになる!
遊郭・赤線跡をゆく

境港桜町遊郭|鬼太郎の町にあった遊郭

境港…じきに「ゲゲゲ市」に改名するんじゃなかろうか?というくらいの「ゲゲゲ」一色でした。鳥取県境港市ーー水木しげるの妖怪の町として知られるこの港町に、その昔遊郭がありました。現在の栄町(旧櫻町)周辺に存在していたと伝えられるこの遊郭は、その...
遊郭・赤線跡をゆく

灘町・花園町遊郭(鳥取県米子市)|おいらんだ国酔夢譚|

米子の灘町(現花園町)にあった遊郭・赤線の歴史を、豊富な一次資料を使って書き記します。もう一つの米子の歴史、ここに解説!
遊郭・赤線跡をゆく

天王新地の歴史(和歌山県和歌山市)|遊郭・赤線跡をゆく|

和歌山市にある「現役」、天王新地。長らく謎だった新地の「誕生日」がここに明らかに。そしてかつての新地のエリアは現在よりはるかに広かった!?そんな謎の新地の歴史と現在の姿。
タイトルとURLをコピーしました