『千と千尋の神隠し』を遊里史の視点から考察する

歴史探偵千夜一夜
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湯婆婆とリアル湯婆婆

千と千尋湯婆婆

「油屋」の経営者が湯婆婆(ゆばーば)という二頭身のおばはん。
「油屋」の経営者として非情で腹黒い悪役ですが、千尋は彼女によって名前を取り上げられ、「千(せん)」という名前に変えられてまいます。これも遊郭史というフィルタをかけると、湯婆婆は女郎上がりの妓楼の楼主って見方も出来ます。
千尋は契約書にサインした後、名前を取られて「千」という名前に変えられてしまいますが、契約書は遊女としての契約を結ぶ証書、「千」という名前は源氏名。ただの風呂屋なら名前を変える必要なんかないと思うのは私だけでしょうか。

桂歌丸

その湯婆婆をイメージするのが、『笑点』でもお馴染みだった故桂歌丸師匠です。
歌丸さんは横浜の真金町生まれのハマっ子ですが、遊里史に詳しい人ならここで、ははんとピンときます。そう、真金町とくれば横浜最大の遊郭があったところ
歌丸さんのお婆さんは『富士楼』という、真金町でも5本の指(歌丸師匠本人はトップ3と述べています)に入る大妓楼の主で、「真金町の三大ババア」と呼ばれヤクザでさえ道を譲ったそうです。まさにリアル湯婆婆
歌丸師匠はその孫として妓楼の中で育ち、遊郭で働く女郎さんから「若様」と呼ばれていました。関西風に言えば超ボンボン、ご本人も何不自由なくわがまま放題に育ったと自嘲しています。『千と千尋の神隠し』のキャストなら…

千と千尋の神隠し

この坊やに該当するでしょうか!?

ところで、私が『笑点』を初めて見たのは、小学生時代の1980年代でした。その時、しぐさと口調の端々に「女」を感じる歌丸師匠にものすごい違和感を感じました。この人オカマなのかと、親にガチで聞いた記憶があります。私にとって歌丸師匠のイメージは、長らく「オカマ」でした。
しかし、大人になり師匠の人生を知り、合点がいきました。幼少期にその目で見た遊里の世界が肉や骨になり、それが言動の端々から漏れているのだと。

「桂歌丸=『笑点』のおじいちゃん」

というイメージしかない人は、この人にこんなすさまじい芸があるのを知りません。

歌丸師匠若き日の伝家の宝刀、「化粧術」です。二つ目(若手)時代の必殺技がこれでした。

歌丸師匠は一度、落語の方向性をめぐって師匠から一度破門を受け、落語界を離れています。その後一時期、化粧品セールスマンをやってたことがあるそうで、女性の髪結いなどの身支度を滑稽に描写したこの芸は、その時に身に着けたことになっています…表向きは。
しかし、描写はどう見ても和装で髪結いも日本髪。私論ですが、幼いころに遊郭で見た女性たちの身支度をモデルにしているのではないかと。生きているうちに歌丸師匠に会える機会があったら、遊郭探偵としてこれを直で聞きたかった。

遊郭関係者は、自分が遊郭と関わっていたことを隠す傾向があります。知っていても口に出さない場合が多く、彼らの口は非常に重い。それどころか、不審者扱いされ警察を呼ばれたり、「遊郭…」という名前を出した途端、ニコニコ顔で話していた女性が急に鬼の形相になり、水をかけられたことも何度かあります。
どことは言いませんが、スマホ片手に歩いているだけで、どこからか視線と殺気を感じる遊郭跡もあります。要するに、どこからか見られているのです。

対して、歌丸師匠はおおっぴらに遊郭育ちだとテレビでも公言しています。落語のマクラでも堂々と語っています。驚くことに『富士楼』の間取りまで覚えており、妓楼の中身はどうなっていたのかを知る貴重な資料となっています。

江戸落語には、上方落語にはない「廓噺(くるわばなし)」というジャンルがあります。主に吉原遊郭でのお話ですが、難易度A級とされる花魁・遊女の演技について、

「あたしにとっては簡単です。その世界をこの目で見てきたんだから。見てきたことをそのまま高座で演じればいいだけ」

と平然と語っています。
歌丸師匠の廓話の「まくら」には上述した女衒の話など生々しいところもありますが、遊郭を知る最後の世代として貴重な証言を遺してくれました。私にとっては、歌丸師匠は落語家ではなく「生ける遊郭史料」、そして「遊廓を知る最後の語り部」。
先年、歌丸師匠もついに亡くなられましたが、自分が見た遊郭がじきに歴史に埋もれるれることを意識し、落語やテレビなどでも遊郭を語り、後世のために「歴史資料」を残してくれた…私は勝手にそう思っています。

「回春」に秘められたメッセージ!?

ボーっとしとったら気付かない次元ですが、腐れ神様が「油屋」に来て入り口でお迎えする時、湯婆婆の後ろにあった衝立には、「回春」の文字が。
「回春」とは何ぞや?
手元の国語辞典で調べてみたら、

■回春

①若返ること
②春がめぐってくること。新年になること

『大辞林』より

とあります。
映画のシーンには日の出が描かれているので、②の解釈でめでたしめでたし…いや、待てよ。と思って試しにググってみたら・・・

回春と千と千尋の神隠し

お~い(笑

いくらググっても風俗店のHPしか出てこず、50件目くらいにやっと薬局のHPが出てくる始末。さて、この「回春」の文字、国語辞典に忠実に解釈しますか?それとも「隠れたメッセージ」を汲み取りますか?

おわりに

『千と千尋の神隠し』はアカデミー賞も取ったヒット作品、今でも話題を呼んでる理由はよくわかります。しかし、だからと言って「○○に違いない」「○○なわけがない」という、一つの固定概念だけでで見ると、重要なメッセージを見逃す可能性があります。
物事は別の角度で見ると、常識とは全く違う見方も出来ます。そういうフレキシブル(柔軟)な見方が今の日本人に求められることだと思います。

「これはこうに違いない」

という堅苦しいかつ狭い解釈は、このアニメには不要、

「見方によって無数の解釈が出来る」

というのがこのアニメと宮崎アニメの醍醐味。『千と千尋』が名作と呼ばれる理由ではないかな?と思います。

他にも、「日本の雇用社会への風刺」「北朝鮮の拉致被害者のことを描いてる」などなど、そういう見方もありかいなという解釈が調べてみたら色々あり。
あくまで表向きは「世間知らずの女の子が社会経験を通して一人前の人間になっていく」ということだと思いますが、十人十色の解釈がこの映画にはあります。

「見た方の想像力と思考力にお任せします。でも・・・

想像力と思考力に乏しい現代人にわかるかな?」

想像力が乏しくなった我々に対する、宮崎駿からの挑戦状かもしれません。

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