大阪の「雷伝説」を訪ねるー長承寺の雷井戸と歯痛地蔵(堺市西区)

堺の歴史
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もう一つの古跡ー歯痛地蔵

雷井戸の近くには、もう一つ不思議なものがあります。

 

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雷井戸の左側に、「歯痛地蔵」と書かれた場所があります。

徒歩したら十数秒・・・っていちいち書くまでもない時間で到着。

 

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実際に行ってみると、こんな感じになっています。

きちんと雨除けの屋根もつき、花も新しい。地元の人に忘れられず大事にされていることがわかります。

この歯痛地蔵はその名のとおり、歯が痛い時に手を合わせると歯痛が治ると言われております。そんなアホな、迷信やと片付けるのは簡単ですが、長い間伝えられている伝承は、伝わるうちに話が違う方向に進んでいるとは言え、元にあった話は伊達ではない。私はそう思います。まあ、今なら歯が痛いなら歯医者行けでおしまいでしょうけどね。

歯痛地蔵は全国に数体あるようで、熊野街道をはるかに南に進んだ、世界遺産になっている熊野古道沿いにも、有名なものがあります。「歯痛地蔵」で検索すると、おそらくそちらが出てきます。こちらの歯痛地蔵は熊野街道からは少し外れているものの、同じ熊野古道つながりで歯痛地蔵があるというのも、少し不思議です。

 

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この地蔵尊で不思議なことがもう一つあります。

写真は真正面なのでわかりにくいですが、長方体の石塔の4面に地蔵尊らしき姿が彫られている、ちょっと変わった形です。特に右側は、一面に着座した姿が4体分彫られ、それが4面。何故かは全く不明、誰もわからないそうです。そのそもこのお地蔵さんがいつつくられ、いつからここにあるのか、誰もわからず。うっすら「元禄」と書かれているそうですが、それが建立日と関係あるのかどうかもわからない。

もしかして、かつてあった長承寺にあった遺留物かもしれません。

 

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裏に何やらひらがなで書かれた字が彫られているのですが、何が書いてあるやらよくわかりません。

雷井戸が目的でやってきたものの、むしろこちらの方がミステリーになってきました。

 

鳳は、私が生まれ育った場所の隣の地域と言っていいほど、昔から馴染みの場所だったのですが、ここにこんなものがあったとはつい最近まで知ることはありませんでした。キラキラ輝くほどではないものの、小さな、小さいけれどいぶし銀に光る小さな歴史の宝を今の今まで見逃していた、自分の堀りの浅さを反省しないといけませんな。

私の歴史探求の旅は、この身朽ち果てるまで続く。

コメント

  1. Mr竹ヶ城 より:

    長承寺など鳳のだんじりの町の名前
    はだいたい昔の地名だったものですよ。
    昔当時の鳳町が堺市に編入されて
    地名が「鳳南町」などに変えられましたがだんじりの町名だけ残りました。

  2. 浅香 より:

    はじめまして。こんにちは。こちらのブログを最近知りよく拝見させていただいております。ツイッターの記事紹介のツイートから、私にとっても地元に近くなじみのある場所についての記事を見つけ興味深く拝読しました。
    それで、最後の写真ですが、左から「ふだらみち」「よこやまみち」「まきのをみち」と読めると思います。真ん中の、よこやま、は横山、右の、まきのを、は槇尾、いずれも和泉市の地名なので、道標としての役割でもあったのでしょうか。

    ふだら、が謎ですが、ふだらと言えば「補陀落渡海」を思い出しました。
    中世の堺の海でも補陀落渡海が行われていたらしいという記事を最近読みました。関係あるのかどうかわかりませんが…もしそうなら、補陀落浄土への道、ということなのでしょうか。
    最近読んだという記事は書籍で、堺市内の土産物店でも購入できる本です。サイトで元々連載していたもので、下のアドレスで読めます。
    http://www.for-you.co.jp/tour_sakai/column/igaishi/vol02.html

    突然失礼しました。もしすでにご存じでしたらすみません。

    • 米澤光司 より:

      >浅香さん

      はじめまして、拙ブログをお読みいただきありがとうございます。
      石碑の文字のご解読をありがとうございます。「よこやまみち」「まきのをみち」なら和泉方面の道標ですね。
      でも、「ふだらみち」は不思議ですね。「よこやまみち」などと一緒にあるということが余計に不気味で。
      もしかして16世紀の道標なのかしらんと、また調べ物が増えてきそうです。これ以上ブログネタを抱えるとパンクしてしまいますが(笑

      補陀落渡海のことは全然知らなかったのですが、これも興味深いですね。堺にこんなのがあったとは。
      また余裕があれば(ブログネタが溜まりすぎてしばらくないですがw)調べてみたいと思います。

      またよかったらブログを読みに来て下さいね。

      • 浅香 より:

        お返事ありがとうございます。いろいろとお忙しそうですね。
        あとで思い出したのですが、歯痛地蔵の場所は熊野街道(鳳商店街)の近くですね。熊野街道のほぼ終点、和歌山の熊野那智の海岸から、補陀落渡海が行われていたのです。補陀落浄土は観音の浄土。那智山青岸渡寺は西国三十三所観音霊場の第一番札所になってますね。「熊野道=ふだら(く)みち」ということでしょうか。
        またこの近くの上(かみ)交差点が熊野街道と横山・槇尾道の分かれ道ですね。

        なんどもすみませんでした。ブログの他の記事もどれも面白く、今後も楽しみにしております。

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