龍神駅-堺の玄関駅の栄枯盛衰【南海電鉄歴史紀行】

南海本線龍神駅鉄道史
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堺空襲と龍神駅

大浜海浜リゾートと遊郭というダブルエンターテイメントを抱えた堺最強龍神駅。しかし、その堺最強の座を奪いにかかる存在が、徐々に龍神の陰を追っていました。

それは阪和電鉄…ではなく同じ南海の堺東駅。
大正末期から昭和5年前後まで、堺東駅は後輩の龍神駅に全く太刀打ちできず、客数・収入ともにダブルスコアをつけられていました。
しかし、昭和8年から始まった大阪の好景気から風向きが変わり始めます。龍神駅は相変わらずなのですが、堺東駅が急成長するのです。

南海龍神駅乗客数推移

昭和10年(1935)には龍神の尻尾をつかみ、翌年にはついに乗客数で追い抜きます。龍神駅の乗客数も増えていきますが、堺東の勢いにはついていけず、昭和15年(1940)には逆転できないほどの差に。堺市最強駅の座は、堺東にわたることになりました。

そこから戦争となり、ある意味「大堺市最期の日」となる昭和20年7月9日(10日未明)の空襲を迎えます。
堺空襲は市街地の9割以上が焼き尽くされた、日本の空襲の中の「焼失率」としてはベスト5に入るほどの被害でした1。その中でも龍神駅周辺の被害はひどく、堺市立中央図書館には関連資料がいっぱい残っています。

龍神駅ガード下
空襲当日、龍神駅の本線とチンチン電車(大浜支線)の高架、通称「ガード下」には、焼夷弾の火と熱風をかいくぐった市民が集まっていました。その数数百人と言われています。
しかし火と煙の勢いはすさまじく、「ガード下」にいた「たくさんの人」が折り重なるように死亡していました。その高さは大人の背を軽々と超えるほどで、ヤモリのように壁に這いつくばって亡くなった人の影が残っていたと地元の人の証言にあります。
あまりに死体の数が多く、いちいち除けてられないと「ガード下」で荼毘にふしている光景が、現物を見たことはないですが、堺市の人権資料館に残っているそうです。
さらにその時、龍神駅に停車していた急行電車にも火の手があがり、車内にいた約300人も火の巻き添えとなり死亡しました。龍神駅だけで6~700人(推定)が亡くなったのです。この場所には現在、死者を弔うための地蔵尊が建てられ、毎年7月9日には市長も参列する大祭が行われています。

龍神駅も、この空襲で全焼したと伝えられています。

戦後の龍神駅、そして消滅

空襲の被害を受け使用不能になった龍神駅ですが、戦後すぐに復活します。

1954南海本線時刻表
昭和29年(1954)の時刻表にも「龍神」の文字があり、当時の時刻表からも特急も停車していたことがわかります。また、生活の安定とともに観光客も戻ってくるようになりました。
そして、後述しますがこれが龍神駅として掲載される最後の姿となります。

上の時刻表が発行されていた時期、南海本線の付け替え工事が行われていました。

1955南海本線堺駅付近の路線変更龍神駅

現在の本線のルートはこの時付け替えられたものであり、戦前は上の写真の点線部分を走っていました。線路が遊郭のど真ん中をぶっちぎっていたのです。
この付け替えによって堺駅付近は直線となり、スピードアップが可能となりましたが、旧線沿いにあった龍神駅(赤丸)はこの時点で要らない子に。
それならと新線上に、堺駅と龍神駅を合体させた新駅を作ればいいじゃないかと、昭和30年(1955)にNEW堺駅が誕生しました。現在の堺駅南口バス停と、コンフォートホテル堺が建っている黄丸の部分です。

南海本線旧堺駅
(出典:フォト蔵 ライムライト様フォトアルバムより)

この堺駅は、昭和60年(1985)に戦前の堺駅の位置、つまり現在の位置に移転するまで使われていました。この駅に記憶があったり、実際に使った人も多いと思います。
かく言う私も、幼い頃に母親に連れられて使用したことがあります。駅のホームなど細かいことは全く覚えていませんが、灯りが弱かったのか、改札前コンコースが昼なのに薄暗く、少し不気味な感覚を覚えたことだけは覚えています。

この旧堺駅の駅舎には、実はあるゆえんがあります。

堺遊郭龍神演舞場
堺の遊郭にあった演舞場

旧龍神地区には遊郭があったことはすでに述べましたが、その遊郭が昭和初期につくったのが、「龍神演舞場」という劇場。龍神の芸者の練習場も兼ねた、鉄筋コンクリートの立派な建物でした。
旧遊郭は昭和20年(1945)7月の堺空襲で跡形もなく消え去りましたが、焼け残った唯一とも言える建物がこの演舞場。中身は焼失したものの、外観はほぼそのまま残ったそうです。

その後、演舞場は松竹に払い下げになりましたが、南海が新しい堺駅を造る際に駅舎にしようと買い取り、駅舎に改造となりました。

南海電車旧堺駅
旧堺駅

上の写真と演舞場を見比べてみて下さい…窓の配置なんかそのままでしょ?

そして、この堺駅誕生により龍神駅は発展解消という形で消滅、43年という長くも短い「駅生」に終止符を打ちました。

現在では、よほどの歴史通でないと、龍神駅の存在を知る人は少ないと思います。龍神駅周辺はさっぱり整地され、駅跡を偲ぶものは何一つ残っておらず、現役の頃を知る人もほとんどが西方へと旅立ちました。龍神駅の開業意義だった大浜海浜リゾートも、遊郭も過去のものとなりました。堺駅周辺も、市街地なのにすっかりさびれてしまい、Wikipediaにも「場末のようにさびれていた」と書かれる始末でした。

しかし、戦前に隆盛を龍神駅の栄光の日々の跡は、歴史資料の地層に埋もれていました。今までほとんどの人が掘ることがなかったこの駅の始まりから終わりまでを書くことができて、一抹の誇りさえ感じるのは気のせいでしょうか。

南海電鉄関連記事は、他にもこちらが!

『大阪府統計書』
『開通五十年』(南海鉄道編)
『南海鉄道発達史』(南海鉄道編)
『南海70年のあゆみ』(南海電鉄編)
『堺空襲関連資料』(堺市立中央図書館所蔵)
『堺旧市雑史録』(国立国会図書館蔵)
『大阪春秋』第79号-終戦50年特集 p22-26

  1. 1位は富山市の99%
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コメント

  1. kome より:

    今回も大変勉強になりました。
    小学校の時の担任の先生が龍神駅近くに住んでいて、「龍神駅は浜寺公園駅のようにお洒落な駅舎だった」と言っていました。その方は堺の空襲も経験されていました。
    20年以上前の鉄道ピクトリアルの南海特集で戦後のホームの写真を見て存在は知っていましたが、これほど話題があるんだと、いつもながらのぶさんのブログには感心するばかりです。
    堺は、東西軸を巡る近鉄との攻防等、エピソードはまだまだ掘ればでてきそうですね。

    • 米澤光司 より:

      >komeさん

      まいどありがとうございます。
      龍神駅で検索してくる人がちょくちょくいて、だれも書いてないし2000文字くらいでいいから適当に書くか…と書き出したら、すごい勢いで情報が出てきてこうなりました(笑)
      龍神駅の駅舎は、本文に載せた絵の左側に出てきますが、ここは「東口」というか裏口というか、大浜公園に面したメインの駅舎があったと推定しています。どんな駅舎だったんでしょうね。ほんと写真残ってないんですよ…

  2. ocean より:

    いつも興味深く拝読しております。

    「堺の鉄道110年―日本の私鉄発祥の地・堺市の鉄道史」の本に阪堺線の龍神駅一部が
    写った写真が掲載されています。

    • 米澤光司 より:

      >oceanさん

      はじめまして、拙ブログにコメントありがとうございます。
      「堺の鉄道110年―日本の私鉄発祥の地・堺市の鉄道史」は本文を書いた後にTwitterのフォロワーさんのツイートにあったのですが、これは「駅」というより「駅前」と判断したのと、堺市立図書館が「もっとデジタルアーカイブ活用して」と嘆いていたのでそちらを採用し、掲載はしませんでした。

  3. Drome より:

    とても勉強になりました。
    コメント機能があるのを今の今まで存じ上げておらず、初めてコメントさせていただきます(笑)
    古い地図を見てみると、大浜駅には芦原駅という名前もあったようです。
    (芦原というのは、町名と言ったものには残っておりませんが、大浜駅跡の周辺を本拠地とするふとん太鼓の団体名などに残っていたりしております。)
    拙い文章で申し訳ございません。

    • 米澤光司 より:

      >Drome様

      はじめまして、拙ブログにコメントありがとうございます。
      芦原駅と言えば高野線に芦原町って駅がありましたね。芦原とくるとそっちをイメージするのですが、大浜周辺を昔は芦原と呼んでいたか、旧町名などにあったのでしょうかね。堺市の古地図って持ってそうで持ってないので、東北にいる身ではすぐに調べることはできません。

  4. ラキ太郎 より:

    ガードの写真の看板の池上医院は、まだやってますよ。
    医院の建物改築で昔のコンクリートがでてきたそうです。

  5. パン より:

    コメント失礼します。長崎在住、昭和16年生まれの母が幼い頃、大阪に住んでいたことがあり、耳に「りゅうじーん、りゅうじーん」という声が残っているとよく言っておりました。お手伝いさんに手を引かれ、訪れていたそうです。つい先日、亡くなってしまい、母に代わりその場所を訪れてみたいと思いますが、偲ぶものは何も残されていないのですね。

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