信太山にあった数奇なゴルフ場

信太山ゴルフリンクス 野良歴史家の歴史探偵

 

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信太山ゴルフリンクスの跡を歩く

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まずは、阪和線の信太山駅からスタートします。信太山へは、駅を出てまっすぐ向かう道をひたすら直進します。誰ですか?左折して線路沿いをまっすぐ600mほど…なんて言っている人は(笑)

ゴルフ場跡!興味ある!是非歩いてみたい!

とテンションMAXな方には、まずここで悲報をお届けしないといけません。
信太山駅からゴルフ場までは、すべて上り坂です。それも真綿で首を絞めるような、緩やかで長~~~~い坂が延々と続きます。

現在、信太山界隈は普通の住宅地です。が、そもそもは阪和電鉄がハイキングやクロスカントリー場として開拓した「山」。
こんな環境です。探索する時はハイキングの格好とは言わないですが、ラフな格好がベストです。サンダルやヒールなんかで行くと、住宅地という名の森で遭難するハメになります。

 

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駅から上り坂をひたすら歩くこと十数分、着きましたは陸上自衛隊信太山駐屯地
体力に自信がない人や運動不足な人は、ここでHPが1になります。しかしここでも悲報。ここはゴールにあらず、スタートラインに立っただけ。駅から駐屯地までの行程は、ゴルフ場跡へ向かう「登山」への準備体操に過ぎません。まずはここで休憩しましょう。ここから「ガチの山」が始まりますから…。

 

電柱に注目!

ここにゴルフ場があったという現物は、おそらく残ってはいないはず。しかし、ここには○○があったということが、意外なところで発覚したりするのです。

自衛隊駐屯地を横目に歩き、景色が本格的に緑一色しかなくなってくるころ、ゴルフ場跡への道沿いにある電柱を見てみました。

 

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左側は「丸笠」となっています。近所に丸笠神社や丸笠団地があるので、おそらく昔の地名なのだと思います。

対して右側を見てみると!

 

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電柱に「ゴルフ」という文字が!
ここがまさしく、信太山にゴルフ場があったという間接的な証拠となります。

こんなところの「大阪市」

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こんなところや、

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こんなところをさまよいながら。(※こんなところですが大阪府です)

信太山をトレッキングすること数十分、ようやくたどり着いたのは、

 

 

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「大阪市立信太山青少年野外活動センター」

というところ。

 

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名前の通り、信太山という自然の中でキャンプやアウトドアを楽しむ公共施設です。
信太山丘陵を一つの山とすると、ここあたりが頂上近くとなります。ここあたりは、信太「山」ではなく「信太高原」。自然いっぱいの環境で、隣は住宅地になっているものの、それを感じさせない静かな森林です。信太山にこんなところがあったのかと、改めて気付かされました。

さらに公共施設だけあって料金も控えめらしく、最近はアニメの「ゆるキャン」の影響か、若者の団体使用が増えているのだとか。

ところで、くどいようですが、ここは大阪立です。
「和泉市なのになんで『大阪市立』なの?」
私も看板を見た当初は、先入観で「大阪『府』立」と自動誤変換されていたほど。

 

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ここあたりの土地、実は大阪市の所有となっています。住所こそ和泉市ですが、土地登記上は大阪市の飛び地のような存在となっています。なんの縁もゆかりもなさそうな信太山に、なぜ虫食いのように「大阪市」が存在しているのか。

この事実とゴルフ場、実はものすごく関係があったりします。

 

ゴルフ場の前は・・・

ここ一帯が信太山ゴルフリンクスというゴルフ場だったのは、実質1935年~1942年?です。
では、ゴルフ場になる前は何だったのか。

ここ一帯は江戸時代、「伯太藩」という小藩がありました。非常に小さい田舎の藩だったのですが、いちおう13,500石の大名でした。
明治時代以降は廃藩置県により大阪府となったのですが、そこを藤沢薬品工業1という会社が買い占め、樟脳生産のためクスノキを植えようと試みました。

昭和10年藤沢薬品工業樟脳の広告
(昭和10年藤沢薬品工業 樟脳の広告)

樟脳は防虫剤や外用薬、そして戦前のプラスチックことセルロイドの原料となり、薬品会社としては重要な商売道具でした。
しかし、信太山の土壌と環境がクスノキの生育に合わず、社長の別荘地以外を阪和電鉄に売却。阪和はそこをゴルフ場にしたという経緯です。

藤沢薬品の別荘はゴルフ場と別に存在し、戦後ゴルフ場と共に米軍に接収されてしまいます。接収中、白いペンキを塗りまくったりと度を越えたDIYを行ったらしく、解除後に社長が要らねと大阪市に売却。「藤沢会館」という施設を経て現在の青少年センターに至っています。

 

ゴルフ場がなくなった後

信太山ゴルフリンクスが廃止されたのは、資料によると昭和17年(1942)であったことは確定です。
同年、大阪市がゴルフ場の土地を買収しました。大阪市が契約したということは、公文書が大阪市に残っているということですが、やはりちゃんと資料が残っていました。
契約したのは1942年のことで、買収土地は98,000坪とゴルフ場の面積より少し広めですが、ほぼ一致します。
買収目的は「健民生活指導所」と、市立中学校の運動用地確保のためでした。

後者はさておき、前者の「健民生活指導所」とは一体なのか。
これはまたの名を「健民修練所」といい、”強い兵は健康な男子から生まれる”をモットーに全国に3000ヶ所ほどつくられたとされています。
数ヶ月~1年間の集団生活で「お国の役に立たない男子」を鍛える施設…と書くと聞こえはいいですが、実際は悪名高き収容所と伝えられています。

健民修練所に収容された一人に、あの手塚治虫がいます。
手塚は西宮にあった大阪府立の健民修練所に収容されました。子供向けに書かれた手塚の随筆、『ガラスの地球を救え』にはそこの記述がありますが、本人がここを「ラーゲリ(強制収容所)」と称しており、環境が劣悪すぎて逃げ出したほどでした2

そもそも、健民修練所自体が謎の施設扱いになっており、そんなのあったんだと初めて聞く人も多いと思います。

私もこれを機会に、ざっくりとながら全国のデータを探してみたのですが、ほとんど出てきません。手塚治虫が漫画やエッセイで書いていなければ、健民修練所なんて歴史のヘドロの中に埋もれたままだったでしょう。もしかして、それほど「ヤバい施設」だったのかもしれません…。

信太山の健民修練所も実在までは確認できます。ただ、中身がどのようなものだったのか、規模はどれくらいだったのかなど、郷土史家や市立大学の研究者が数年かけて調べても資料が出ないようで、詳細は未だに闇の中です。

 

ゴルフ場の夢のあと

ゴルフ場の跡は現在、「大阪市立信太山青少年野外活動センター」と前述しました。そこで果たして、ゴルフ場だったという痕跡は中に残っているのだろうか。

中に入って探索した瞬間、巡回していた係員に止められました。

私

ここにゴルフ場があったと聞いて見学に

そう言うと、

ああ、ここがそうですよ!

と意外な返答。なんや知ってるんやん。

私

ゴルフ場の跡なんか残ってます?

と聞いたところ、

もう70年も経ってますからねー、残ってません

と前置きして、こんな話が。

関係者以外立入禁止のところに、あるコンクリートの基礎が見つかったそうです。山の中なのでもしやゴルフ場の何かの痕跡か!?と関係者は舞い上がったそうですが、それにしては基礎がやけに新しいと確証が持てず、現在まで放置プレイされているそうです。

 

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許可を得て、足元に野生のキノコが生えているようなセンター内をくまなく探索したものの、ゴルフ場らしき跡は見つからず。どうせダメモト、あったら奇跡という心持ちだったのでガックリはしていません。むしろ、信太山にこんな自然豊かな場所があったのかと、違う方向のベクトルに関心が向いていました。

なお、信太山青少年野外活動センターをウロウロする場合は、事務所で申請が必要です。事務所に行き職員に声をかけ、名札をもらうだけの簡単なお仕事(当然無料)なので、面倒臭がらず申請しましょう。

「ゴルフ」を追って

ふつうのブログであれば、

「信太山のゴルフ場の跡は、何も残っていませんでした。調査終了、=完=」

とここで終了宣言。

しかし、ないですか、ああそうですかで終わる私ではない。何キロも山を登ってヘトヘトになって、ここで終わってたまるか。

強烈日照りで体力がどんどん削れていくなか、ひととおりゴルフ場敷地と推定されるエリアを周回してみました。すると、あることに気づきました。

電柱に書かれた「ゴルフ」の範囲が、想像より広いぞと。

 

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赤で塗ったところは、航空写真を含めた探索前の事前調査で、ゴルフ場跡だと目星をつけたところです。信太山青少年野外活動センターが黄色くなっていますが、ここに上述した藤沢薬品の社長別荘がありました。

ゴルフ場をしのばせる現物は残っていませんが、道筋をよく見ると、

和泉市信太山野戦砲第四連隊とゴルフリンクス

ゴルフ場を縦断していた道が、現在でもそのままの筋として残っていることがわかります。

 

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下の矢印はこんな感じになっています。道幅もいじくっていないはずなので、当時のままのはずです。
見てのとおり、かつてゴルフ場があったエリアは金網が張られ、中にはいることはできません。

 

信太山ゴルフ場跡

信太山ゴルフリンクス跡

しかし、現在は完全に自然に還っています。かつてここに、芝生の緑がまぶしいゴルフ場があったなど、とても信じられません…。

その森を抜けると、「山荘」という信太山高原の住宅地に到着します。

 

「山荘」という、まるで別荘地のような優雅な名前ですが、

 

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ここも阪和電鉄が開発…ではなく不動産業者が分譲型高級住宅地として開発した町でした。ゴルフ場のすぐそこに住宅地…という響きだけでもブルジョアジーの響きがします。

といっても、阪和電鉄と全く関係がなかったわけではなく、ここで家を買うと阪和電鉄の半年間無料パスがプレゼントされました。もっとも、上野芝などの直営住宅地の一年間フリーパスに比べると、お前ら直営じゃないから半分ねとちょっとセコい。

信太山ゴルフ場本部

また、バス停の終点がある山荘町の隣にゴルフ場の本部とサロンが置かれていました。和泉市に住んでいたこともあり、ここあたりはけっこうな庭だったと自認していたのですが、まさかこんなところにこんなものがあったとは。

山荘町は昭和17年の航空写真には残念ながらギリギリ写っていなかったものの、昭和23年の航空写真では住宅が建っているので、今回ここは関係あるまい。そう思いながらも、「念のために」電柱を見てみました。

 

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すると、やはり「ゴルフ」なんですよね。この山荘町も実は「ゴルフ」電柱が多いのです。

 

信太山ゴルフ場山荘町

山荘町の電柱を追っていったのですが、けっこう奥地まで「ゴルフ」が続いています。

で、体力の限界まで山荘や隣の黒鳥町周辺の「ゴルフ」電柱を調べていったところ、奇妙な地図が出来上がりました。

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緑で塗った部分が、電柱に書かれた「ゴルフ」から推定される、ゴルフ場の敷地(?)です。思ったより広範囲です。

この山荘町から「下山」していく道の途中の電柱も、上の地図の下の方にある「黒鳥山公園」を境界線に「ゴルフ」が並んでいます。その電柱はちょうど山を降り住宅地が見えるところで途切れていました。

また、次項で述べる「スヰートハウス」を探すべく、私と別に動いていたツイッターのフォロワーさんが土地の登記簿を探したところ、飛び地のようにいくつか阪和電鉄所有の土地がありました。謎が謎を呼ぶここ界隈…

 

阪和電鉄、もう一つの謎の施設

この信太山ゴルフリンクスを追っていくうちに、阪和電鉄が絡んだもう一つの謎が浮かび上がってきました。謎が謎を呼ぶ謎の私鉄、実にミステリアスや。

昭和6年8月1日、阪和電鉄は信太山に「阪和スヰートハウス」なるものを建設します。

 

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上の広告はオープン初日に『大阪朝日新聞』に載せた新聞広告ですが、これを見た最初の感想は、なんじゃこりゃ!?でした。貸し別荘のように見えるけれど、これでは何の施設なのか皆目検討もつきません。

郷土史の『和泉市の歴史4 信太山地域の歴史と生活』(和泉市教育委員会篇)によると、ハイキング・トレッキング客のために料亭や休憩所、宿泊所などが作られたそうで、利用料金は1棟昼間1.5円、夜間2円。さらに後年には温泉も引かれるようになったそうです。やはり貸し別荘のようなものでしょうか。

ここの謎は、2つあります。

一つは場所。上述の本には、「黒鳥山の野砲兵聯隊練兵場の裏手にあった」と書かれていますが、裏手とはどこなのか。

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昭和21年(1946)6月、終戦1年足らずの頃に撮影された、信太山界隈の航空写真です。

 

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薄い赤は、陸自信太山駐屯地となっている旧野砲兵第四聯隊、緑はゴルフ場推定地、黄色は別荘、そして濃い赤の部分が練兵場です。ここは現在、黒鳥山公園の一部と黒鳥第二住宅という住宅地になっています。

この練兵場の「裏手」に、「スヰートハウス」が作られたそうですが…。

 

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とりあえず、「練兵場の裏手」とやらを拡大してみたのですが、家すらありません。

 

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最初は、赤で丸をした家が怪しいと睨んだのですが、記述によると「スヰートハウス」の建物は複数あったはずなので、おそらくハズレでしょう。

他にもめぼしいところを探してみたのですが、結論は

わからん!

以上。

 

 

第二の謎は、その宣伝の少なさ。

 

阪和電鉄新聞広告

阪和電気鉄道観光案内

阪和電鉄は、とにかく客を増やそう、電車に乗ってもらおうと様々な経営努力をしていた会社でした。
新聞広告も数多く打ち、カラフルなパンフも作成。広告を追っていくと「阪和電鉄新聞広告コレクション」が出来ると思います。それだけに、広告費はけっこうバカにならなかったと思われます。

そんな広告狂(?)の阪和電鉄が「スヰートハウス」に関しては、ほとんど広告を打っていないのです。

 

阪和電鉄スイートハウス

ひととおり朝日新聞の「聞蔵」でオープン初日の前後1ヶ月分の広告を探してみたのですが、全く見当たらずでした。「スヰートハウス」の広告を掲載したのはオープン初日のみ、上記のは「信太山ゴルフ練習場」と書かれているので昭和10年(1935)のもの。大々的にオープンならもっと頻繁に宣伝するはずのですが、それが一度キリなのが実に阪和電鉄らしからぬ謎です。
『和泉市の歴史4 信太山地域の歴史と生活』も、どうやらそこに引っかかったらしく、確かなことは「わからん」としています。
隣の軍の接待所として使われていたのではないかと推測していますが、確かな証拠はありません。

阪和電鉄研究一筋半世紀の研究者でも、和泉市が税金を投入して調査しても見つからない阪和電鉄最大の謎の施設の情報、心よりお待ちしています。何か知っている方は私宛にメッセージを。

 

おわりに

このゴルフ場の件は、何で知ったのか。今となっては思い出せません。しかし、ここで自分の中の郷土史のミッシング・リングがわずかに、しかし確実に判明したことは、さらなる歴史発掘の良き経験になったかと思います。

しかしまあ、まさかこの界隈、自動販売機すらないとは思いませんでした。しんどい以上にのどが渇き、本当に「遭難」するかと思いました(笑

 

探索するみなさん、気をつけて下さい。

 

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信太山には「ノドカワイーター」という魔物が棲んでいます。信太山を登る人間から水分を奪い取る、怖い魔物です。

これを強調しておいて、今回の「発掘」は締めとします。

 

  1. 現在は山之内製薬と合併し「アステラス製薬」に。
  2. ただし、当時の環境から逃げ出したのはフィクションだったと主張する元収容者もいます。

コメント

  1. 武内 修 より:

    米澤様
    いつも楽しく読ませていただいています(阪和線沿線住民ですので)。
    信太山の会員名簿二枚目の、一番右の「渡辺節」氏は、住所もダイビルですし、直感で申し訳ありませんが、それこそ「大阪ビルディング(ダイビル)」、「神戸大阪商船ビル(商船三井ビル)」や、「綿業会館」の設計者である「渡辺節」氏ではないかと。

    確かにウィキには載っておりません。
    貴殿のエッセイに直接関係しないかもしれませんが、なんとなく気になりましたのでコメントさせていただきました。ご笑覧ください。

    • 米澤光司 より:

      >竹内修さま

      はじめまして、拙ブログをご覧いただきありがとうございます。
      >信太山の会員名簿二枚目の、一番右の「渡辺節」氏は、住所もダイビルですし、直感で申し訳ありませんが、それこそ「大阪ビルディング(ダイビル)」、「神戸大阪商船ビル(商船三井ビル)」や、「綿業会館」の設計者である「渡辺節」氏ではないかと。

      なるほど、その可能性は大ですね。新しいネタが出来るかもしれないのでちょっと調べてみます。ご指摘ありがとうございました。

  2. キュア梅盛 より:

    >信太山には「ノドカワイーター」という魔物が棲んでいます。信太山を登る人間から水分を奪い取る、怖い魔物です。

    なんか、日曜日の朝8時半からやっている某幼女(と大きなお友達)向け番組に出てくる敵の怪物みたいですね・・・ああ、そういえばその番組の過去のシリーズに阪和沿線(というよりも水間鉄道沿線)出身者がヒロインのひとりを演じていましたね。

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