吉田茂からのメッセージ

歴史エッセイ

あるNHKのアーカイブ番組で、吉田茂83歳の時の映像が残っていました。ようつべにも残っていたのですが、いつの間にか消えてしまったようです。
83歳というと確か昭和36年(1961)、首相はもちろん政界からも完全に引退し、神奈川県の大磯にあった別荘で悠々自適の隠居生活を送っていた時のことになります。


その映像では、NHKのアナウンサーが聞き手になって、外務大臣、首相時代のエピソードを、トレードマークの葉巻をくわえながら語っていました。83歳といってもさすがは修羅場を乗り越えた元宰相、記憶はしっかりしているし、口調もはきはきとまことにとしたご隠居、とても80歳の老人には見えませんでした。矍鑠かくしゃくたる老人とはこういう人のことを言うのでしょう。


服装は、これもトレードマークの和服に白足袋姿でした。

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吉田茂といえば写真のような洋服姿がすぐ頭に浮かびますが、彼にとってのカジュアルな格好は、和服に白足袋だそうです。

そこにたぶん別荘の庭なんでしょう、緑豊かな庭園みたいな所に置かれた椅子に座り、リラックスした感じでカメラの前で語っています。
日本では、公の場や儀礼での姿を固有日本語で「ハレ」と言い、それは「晴れの舞台」「晴れ姿」という言葉に残っています。対して、日常、普段着の姿、プライベートな状態を「ケ」と言い、漢字だと猥褻(わいせつ)の「褻」と書きます。
この映像の吉田茂は、100%「ケ」の姿なのでしょうね。

しかし、「ハレ」の吉田のトレードマークの「傲慢不遜」もやっぱりある。そしてそれに釣られてしまったのか、アナウンサーまで椅子にのけぞりながら紅茶をすすり、実に態度がデカい。今ならツイッターで拡散され叩かれるレベルです(笑
とは言うものの、我々凡人から見たら「傲慢不遜」に見えても、それが実は威厳、つまりオーラということが多々あります。
実際に目の前にして、相手にオーラを感じることはよくあることですが、テレビやネットというフィルターを通してもオーラを感じたことは、たぶん吉田茂で3人目です。
一人は現役の某経営者、二人目は某女優、そして吉田茂。
吉田茂は、実は身長が155cmしかなかったのですが、この態度のデカさ…もとい威厳。リアルで見たらものすごいオーラで、小学生のように直立不動になるくらいだろうなと思います。


映像は10分間ほど。おそらく、もっと長い時間をかけてじっくりとインタビューしたとは思うのですが、アナウンサーの質問はマッカーサーとの思い出に触れます。
吉田は

「占領なんて長くするもんじゃない。長く続くと占領する方もされる方も、自然に摩擦が生じて不幸になる。占領という不規則な状態は早くやめるのが良い。
これがマッカーサーの理論であり、彼のえらいところだった」
「マッカーサーは一軍人というより立派な政治家だった。日本にとってマッカーサーがGHQのトップだったのは幸運だった」

とマッカーサーを評しています。が、進駐軍の政策に関しては、

Good intention, but poor policy.

だと、英語で答えています。
どういうことかというと、進駐軍の「敗戦してボロボロの日本をどうにか建てなおして、盛り上げてやろう」という意図、目的はよろしい。が、政策自体はちょっとよろしくなかったということです。

吉田はこれについて、 「日本の国情や積み上げてきた歴史を一切無視して、アメリカの考えを一方的に押し付けた」 という一言に凝縮しています。

また吉田茂は、これを

「善意の悪政」

という表現をしています。善意の悪政…これはなかなか薀蓄のある言葉ですな。 アメリカ、というより西洋は、

「ME!ME!ME!」(俺は俺が!)

と自分を押し売りする傾向があります。何にしても自分中心、自分が正義というのが前提です。
イチローも言っていました。アメリカは1の自分を100に見せ、日本は100の自分を1に見せるのがコミュニケーションと。
その後のアフガンやイラクなどを見ていると、俺が正義だとアメリカ式を押し付けた結果メチャクチャに・・・なんだか良くも悪くもアメリカらしいなと思うのは私だけでしょうか。

吉田は、日本国憲法こそ「これが『善意の悪政』の典型的な例だ」といわんばかりの口調で述べています。ここがいちばん重要なのですが、それを、

「これは日本が自ら改正すべきことであり、手直しすべきことである」

と語っています。
憲法のどこの何が「善意の悪政」なのかは、この映像では何も語っていません。憲法以前に、政治システムが形骸化かつ金属疲労を起こして日本中で故障を起こしてる今の日本を見ると、吉田が「そろそろ改正すべき時じゃねーの?」と草葉の陰から我々にメッセージ、宿題を送ってくれている気がします。

アメリカのせい、誰かのせい…人のせいにして、裏を返せば「自分は悪くない」と主張するのは簡単です。憲法はもちろん数々の制度は、確かにアメリカの押し付けもあったと思います。
とは言っても、おかしいと思うところは手を加えて改善していったらいいわけで、日本は独立国、それはいくらでも出来るはず。
それを「人のせい」にするということは、結局は自分らが変化を望まないのと同じこと。それでは何も変わらないし一歩も進まない。

私が見た映像は、昭和36年(1961)の映像です。が、まるで吉田茂が21世紀の現代にタイムスリップし、今の日本に活を入れているような感じさえして、少し変な気分に襲われました。
まあ、最後には

「進駐軍のおかげさまで、(日本は)弱ってんだからww」 ときっちり皮肉で締めくくっとるところが、さすがブラックユーモアの名手。

ただ、その皮肉は、あの世の吉田茂が今の我々に向けて発しているような気がしてならないのですけどね。 吉田はずっと外交官一筋でした。なので政治家としての能力は未知数、というかゼロでした。何せ政治家に必須な「人に頭を下げる」のが「大嫌い」だった人なので。
しかし、外交官人生で培った、「弾が飛ばない戦争」と言われる外交の修羅場をくぐり抜けてきた経験を武器にGHQとやり合い、戦後日本の数々の試練を乗り越えてきました。
その姿は、あのふてぶてしい態度と共に「The King of 戦後の総理」として今でも伝説になっとります。
最後に、吉田茂の外交官としての言葉を書いてみます。

外交は、小手先の芸でもなければ、権謀術数でもない。 大局に着眼して、人類の平和・自由・繁栄に貢献するとの覚悟を持って、 主張すべきは主張し、妥協すべきは妥協する。 これが真の外交の姿である。

そんな吉田茂に敬意を払って、最後はジョークで締めくくりたかったのですが、いざジョークを言えと言われるとおっさんギャグ一つも出てこないのが、私の頭のプアーなところであります。

 

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