旧大社線大社駅舎-出雲に残る和風建築の贅

大社駅サムネ鉄道史
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大社線と大社駅

大社線路線図出雲市から大社まで、かつて大社線という路線が存在していました。全長7.5km、決して長くもない路線で、平成2年(1990)限りで廃止になりました。

最後は要らない子扱いされて消えたこの路線ですが、その昔は出雲大社への参拝客で溢れかえり、全国から参拝臨時列車が発着していた「主要路線」だったのです。その賑わいの面影が、駅舎にあらわれています。

 

大社駅

出雲大社への玄関口にふさわしい、堂々とした「和」の神髄です。

この本屋は、近代建築ではおなじみの車止めを擁した中央棟に、大鳥が翼を広げたような左右対称の構造となっています。

 

大社駅

遠目で見てもかなり金と技術をかけた建物であることがわかるのですが、間近で見るとその偉容にため息が出ることでしょう。現役を終えて今年でちょうど30年ですが、大社におけるその存在感は変わっていないと思います。

この駅舎、そもそも大社線の廃止とともに解体される運命にありました。が、ここまでの建物を解体して木の残骸と化するのはあまりにも惜しい。当然のことながら保存運動が巻き起こり、保存が決定。平成16年(2004)に重要文化財に指定され現在に至っています。

 

旧駅舎内-和のレトロ感溢れる空間

大社駅構内

駅舎正面の入口から入ると、旧切符売り場と真正面で対面となります。天井は能の舞台のようになっており、まるで能か狂言でも披露できそうな形になっています。まさか切符売り場の上で舞うなんてことはないと思いますが(笑

 

大社駅

切符売り場の中には、現役当時使われていた黒電話や駅員の制服などが展示されていますが、細かいところを見ていくと、「東別府」「大分」の文字が…。それも「二等」「三等」っておそらく戦前のものかと。

出雲なのに九州の文字に出会うとは、それだけ全国各地から参拝客が多かったという間接的な証拠と言えます。

 

旧大社駅新切符売り場

本屋入って左側には、戦後に作られおそらく廃線時まで使われていただろう切符売り場もそのまま残されています。

こちらの上にある行き先の料金表も、東京、大阪、四国、九州まで網羅しています。ここに書かれているということは、そこまで行く人の需要があったということ。ここまで全国に散らばっているということは、関東から九州まで客が訪れていたということですね。

 

大社駅構内

当然、膨大な数の乗客をさばくためには、駅舎内広場(コンコース)も広くないとたちまち混乱に陥ってしまいます。大社駅のもかなり余裕のある広さに作られています。

 

 

大社駅

大社駅の往年の賑わいを思い起こさせるものに、旅館の案内があります。戦後のピーク時は列車が着く度に旅館の幟や旗を掲げた旅館のスタッフが駅に溢れ、時には客の取り合いをして小競り合いになったという話も聞いています。
なお、この旅館の中には、ある有名人の実家もあります。それはまた後で…。

 

大社駅旧二等待合室

駅舎向かって右側にあるのは、旧二等客待合室です。

以前の日本の列車は、一等・二等・三等の三段階の車両に分かれていました。これを「等級制」といいます。「等級制」が当たり前だった頃は、待合室も「1等・2等」は別に設置されていました。飛行機でもビジネスやファーストクラスの乗客はVIPルームが使えるのと同じことが、鉄道にあったと思えば結構です。

出雲大社への参拝客も多い駅なので、偉いさんや大社の宮司(千家など)も二等を使用するので、この設備は必須でした。ここは昭和初期まで使われ、現在は昔の国鉄時代の品の陳列室になっています。

ここと逆の正面左側は、皇室などが使用する貴賓室ですが、非公開となっています。

 

繁栄の時を今に残すホーム

大社駅ホーム

大社駅は、2面3線の終端駅で、1面の方に駅舎があるという昔ながらの「国鉄スタイル」な構造になっています。

大社駅の個性が光っているのは駅舎だけでなく、ホームもそう。廃線となった「ローカル線」の割には、ホーム長が異様なほど長いのが特徴ですが、それだけかつては急行や遠方からの臨時列車が発着し、賑わっていたことの間接的な証拠となっています。ローカル線の駅にしては、ちょっとした威圧感さえ感じることでしょう。

 

大社駅ホーム

旧大社駅の駅舎、ホーム側から見た光景。このアングルの写真がネットにあまり見ず、撮影してみました。反対側から見ても駅の和の神髄を垣間見ることができます。

 

大社駅ホーム駅名標と駅長室

大社線が廃線となった当時の駅名標がそのまま残されています。大社線は、JRだった期間が少しだけあるのですが、どうせ廃線だからと駅名標も変えられなかったのでしょう。ここだけまるで時間が止まったかのようです。

 

団体列車留置中(大社線80年の軌跡)
(『大社線80年の軌跡』より)
大社線がまだ現役だった頃、駅に留置中の団体列車とローカル普通列車の図です。廃線前は駅から出雲大社の方へ数百メートル分、線路が延びていたといいます。もしかして出雲大社の前まで線路を延長するつもりだったのでは!?と思ったのですが、どうやら貨物列車に野菜(ブドウが名産)を積載するためだったそうです。

大社駅ホーム

上の写真を、できるだけ近いアングルで撮影したのがこれ。線路が撤去されたのは当然のこと、ホームも年月と共に草に埋もれ、島式の方はほとんど見えなくなっています。

 

大社駅の往事の賑わいを感じさせるものは、今でも構内やホームのあちこちに残っていますが、中でもこれは圧巻です。

大社駅ホーム改札口

駅員が切符を検札するボックスがずらりと並んだこの改札口…これだけの数が必要だったほど、大社駅は栄えていたということです。一時は毎日1~2本の割合で臨時・団体列車が、それこそ線路に軒を連ねるにふさわしく発着していた大社駅。今、そこに列車が発着することは二度とありません。

 

旧大社駅の水飲み場

その改札口を出ると、水飲み場があります。蛇口が撤去されているので現在は使われていないようですが、黒ずんだタイルは、もしかしてSLの煤煙…なわけないと思いますが、それが駅の盛衰を見守り続けた勲章になっています。

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