X68000-シャープが産んだ伝説のパソコン

歴史エッセイ

むか~しむか~し、あるところに

 

シャープのX68000

X68000

というパソコンがありました。

これを作ったメーカーは、大阪に本社がある目の付け所があれな会社です。

 

古くからパソコンにいそしんでた方にとっては、ごっつい懐かしい骨董品パソコンでもあると思います。またの名を、「バツロク」「ペケロク」とも。
私が中学生の頃あたりに登場したパソコンでしたが、名前の68000とは何か。

それはゲーセンのゲームで使われていたCPUのことで、X68000のCPUがその68000でした。なのでゲーセンのゲームが移植しやすく、その上クオリティもゲーセンのまま、というのがこのPCのキャッチフレーズだった記憶があります。目の付け所がシャープなパソコンでしたが、当の私はいかんせん中学生目線、

私

ゲーセンのゲームがそのまま家で出来るんか!?

それしか見えていませんでした。

事実、X68000には、ファミコンやPCエンジン、セガのハードでは移植など到底不可能だったゲームが、ほぼそのままのクオリティで移植されていきました。スペースハリアーやA-JAXを初めて見た時は、女以外でイキそうになりました。

当時自他共に認めるゲーム馬鹿だった私は、当然これが欲しくてたまらない。パソコン雑誌を立ち読みしたり、当時毎週日曜の朝に放送されていた「パソコンサンデー」という番組を見ながら、日々妄想にふけっていました。

しかし、現実は極めて暗い。我が家はファミコンですら全く買ってくれず、ある時数日間祖母の家に「抗議の家出」をし、買うまで絶対に帰らん!と数日間籠城を決め込んだほどでした。孫に籠城された上に、食べ盛りのオスに大量のエサ与えなあかん婆ちゃんも大変だったと思うけれども、ファミコン禁止令という子供の世界を抹殺するかのような暴政に対し、ついに耐えられなくなり独りで反旗を翻したのです。

結果的にそれでも買ってくれずファミコンで数年間親と闘い続けたほど。PCなんて百年は無理だろうけど、どうせ…と軽い気持ちで親の機嫌が良い時を狙い言ってみました。すると、

「公立高校に合格したら考えてあげる」

おっと、予想もしなかった回答が。

大人の都合で生活に支障がない程度の貧乏だった我が家でしたが、私が受験生だった当時は1989年~1990年。つまりあの、あのバブル最盛期。この意外な返事は、我が家もかなりバブルの恩恵が降っていた間接的な証拠だったのかもしれません。かといって、小遣い上がったとかいう記憶はありません。

口約束とは言え親の約束を取り付け、これ欲しさに心を入れ替え猛勉強…した記憶もロクになく、家にPCがある生活を毎日妄想した結果、公立高校に合格。
しかし、この約束は大人の狡猾さによってあやふやにかわされ、未だに果たしてもらってません。
同じような約束をして親に買ってもらったという中学当時の友人は、X68000がそのままパソコンデビューとなり、それ以後コンピュータ道まっしぐら。相方をMacに変えて今でもその関係の仕事に就いています。
私はもう羨ましくて羨ましくて、ゲームしたさに毎日その友人の家に入り浸り。もう時効ですが、学校の創立記念日とウソをついて学校を休み、丸一日ゲームしていたこともありました。

 

それから約30年が経った現在、もちろん全額自腹でパソコンを手にし、こうしてブログも書いています。

こんな時からパソコンに興味があったのだなーとキーボードを叩く指先の弾みとともに思い出します。まあ、興味のシフトはPC自体ではなくゲームでしたけどね。

そして、唐突にこのX68000のことを思い出し、

私

あのPCのスペックは、果たしてどんなんやったんやろ?

という疑問が頭内に浮かびました。ガキ当時は、それはそれはスーパーなパソコンだったのは書くまでもないけれども、記憶の中にはおそらく、憧れという思い出補正も少なからず追加されているはず。ここはスペック厨よろしく、冷静に伝説のペケロクを数字で見てみようと。
ネットに転がっている当時のカタログと、Wikipedia先生の記事によると、中学生当時、パソコン雑誌とかを見て知っていた「X68000」、実は「X68000 Aceという二代目だったということを、二十数年経った今知りました。

そして、27年前のパソコンにはチョー最新技術だったHDD内蔵のタイプもありました。こんな大昔からHDDってこんな昔からあったのとの方が新鮮です。
その常識はずれ・・・・・の容量は、なんと!!

 

 

 

20MB!!!

 

20GBではなく20MB。私の入力ミスではありません。

そんなヘボすぎる容量で何が保存できんねん?というのは今の常識。当時は今のように、ハイパーインフレの如く容量を使うツールがそもそもなかったのです。

 

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当時の保存媒体は、フロッピーディスクというものが主流でした。CD-R?SDカード?そんなものあるわけがない。

フロッピー1枚でだいたい1MBでしたが、ワープロソフト(今のWordのご先祖様?)で作った文章ならこれ一枚で十分。SDもフラッシュメモリもないWindows98の時は、画像もワードエクセルのファイルもフロッピー1枚で全然OKでした。

で、当時のゲームがフロッピー2~5枚分、1ゲーム=2~5MBというところだったのでしょう。今やNINTENDO DSのゲームでも1ギガ2ギガ当たり前の今の時代だそうですが、ゲームの楽しさは容量にあらず、たった5MBとかの方が名作ゲームが多かった気がする。

ちなみに去年、高卒で入ったばかりの会社の女の子にフロッピーディスクのことを話したら、首を傾げながら

なんですかそれ?

そうか、フロッピーを知らない世代が社会人になる時代になったのか。私も年をとるわけである。

ペケロクのHDDは、オプションでもう40MB(これもGBではない)増設できると書いているのですが、その値段も驚くなかれ!

 

¥120,000

 

おっさん、それ桁一つ間違ってへんか?と突っ込まれそうですが、拾弐萬圓也で間違いありません。

こんなことでまだ驚くのはまだ早い。

メモリの欄を見てみると、驚愕の容量なんと!

 

1MB

ギガちゃいまんねん、メガでんねん。スマホの写メ1枚で終わりですがな。
このパソコンに無理矢理Windows 10を押し込んだらどうなるのだろうか。私の頭の中で無駄な妄想だけがふくらんでいきます。

更にさらに、当時はゲーセンのゲームも忠実に再現できた(らしい)綺麗な解像度と言うけれど、解像度は512X512。今時のPCのセーフモードでも800 x 600、512なんか粗すぎて凝視できるのだろうか。ゲーセンのゲームの解像度ってそんなものだったのか…と驚愕しました。

それで気になる価格は?やっぱりお高いんでしょ?

上に書いた20MBのHDD付きで、お値段なななんと!

 

¥399,000

(※当時、消費税はありません)

 

高っ!!!

 

昔のパソコンってこんなに高かったのか~!?

25年前の40万やから、今の物価やったら50万以上というところか!?

今まさにこのブログを書いているパソコン(TOSHIBA)が、SSD256GB、メモリ8GB、値段は約¥120,000(メーカー直販サイト)ですが、X68000のスペックはそれに比べたら骨董品。

しかしながら、ペケロクがヘボいスペックに見えるのは、まだ25年ちょっとしか経っていないのにコンピュータの進化の方がすさまじいから。ペケロクは当時としてはすさまじい、夢のようなスペックのPCだったのです。
X68000は中学生時代の私の大きな憧れでもあり、夢でもあり、目標でもあったパソコン。こうして記事を書いているだけで中学校当時の日々を思い出します。嗚呼、懐かしいな~、何の悩みもなかったあの頃に戻りたい…。

そこで思い出した。上にも書いたとおり中学の時の「約束」、まだ果たしてもらってない。両親よ、そろそろ約束を果たしていただこうかしらね。

ってもう要らんっちゅーねん。

コメント

  1. キュア梅盛 より:

    部屋を掃除していたら昭和58年頃のNECのマイコンのカタログが出てきたので最近のマシンと比較すると…CPUのスペックは何倍になるのか…というレベルだし、フロッピーは8インチの2ドライブのクセに1MBも無く、本体のメモリーは「ギガ」も「メガ」も無い単なる「64バイト」!

    あれから40年近くでこれだけ進歩したんですよね.

    • 米澤光司 より:

      >キュア梅盛さん

      今の時代は40年といっても数百年分進化しているかもしれません。
      つい何年か前は「ギガ」が新語だったはずなのに、もう「テラ」ですからね。

  2. Takayuki Hirayama より:

    懐かしいですねえ
    私はもう少しだけ古くて、中3のときにMZ−2000に熱狂していました(笑)
    雑誌に出ていたゲームソフトを店頭で手打ち入力して、
    持ってきたカセットテープにダウンロードして、
    次の日も遊ぶ、なんてことをやってましたなあ

    そんな話、会社でしても「???」です(涙)

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