ガマ将軍南喜一から見た玉の井|おいらんだ国酔夢譚番外編|

玉の井と南喜一とヤクルトおいらんだ国酔夢譚
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アカから一転、資本家へ

玉の井私娼解放運動から身を引いた南は労働運動一本に集中しようとしますが、時代はそれを許しませんでした。政府による金融緩和政策で好景気になり労働争議が下火になったのと、昭和12年(1937)以降の国家総動員による労働組織の解体に、居場所がなくなってしまったのです。

が、南にはあるアイデアがありました。それは「再生紙の活用」。今でこそリサイクルなんて当たり前ですが、南は紙のリサイクルを共産党員時代から練っており、刑務所の中でもコツコツを研究に励んでいました。
それに目をつけた陸軍が

そのアイデアに金を出そう

とスポンサーを名乗り出て、昭和13年(1938)に南は一転起業家としてデビュー、共産党時代の同志だった水野成夫と共に「大日本再生製紙株式会社」を設立しました。
大日本再生紙株式会社はのちに国策パルプ工業となり、いくつかのパルプ会社との合併後、現在の日本製紙の母体の一つとなっています。

南は戦後も国策パルプの取締役として日本パルプ産業の牽引役として日本中を駆け巡りました。

ヤクルト会長へ

昭和39年(1964)、南はヤクルトの会長として招かれます。
ヤクルトの中では、南の存在は政財界に対する重石のようなもので特に目立った行動はしておらず、特筆すべきことはありません。

が、一つ現在も形になっている彼の功績があります。

それが東京ヤクルトスワローズ
現在の東京ヤクルトスワローズは戦後に「国鉄スワローズ」として設立、のちに産経新聞社・フジテレビを率いるサンケイグループが経営に参加、「サンケイアトムズ」となりました。
しかし、産経グループは経営不振により単独経営をあきらめ、ヤクルトが共同経営者として参画することになりました。

サンケイにヤクルト…全く関係ない分野の会社がなぜ?
現在のフジ・サンケイグループの創設者は、人生をともに分かち合った共産党員時代の同志、かつ転向後の産業界の戦友の、あの水野成夫でした。水野はジャーナリズムに興味を持っていたのでしょう、戦後に産経新聞や文化放送の社長に就任、のちに産経新聞を買い取り、フジテレビを創設しマスコミ界の三冠王と呼ばれていました。
共産党の赤旗新聞と、立ち位置が対極の(現在の)産経新聞が同じ人によって作られたというのは、非常に面白い歴史だなと歴史の因縁というものを感じます。

で、球団経営の全くの異業種のコラボはこの二人の人間関係に負うところが大きく、当時のマスコミも「ヤクルト(南)がサンケイ(水野)を救った」と書いています。ヤクルトも「健康産業」という新しい概念のもと、スポーツ分野に進出をうかがっていただけに、参画には積極的でした。
南は、ヤクルトスワローズの生みの親でもあるのです。

のちにサンケイが完全に球団経営から手を引き、ヤクルトが単独で経営に乗り出し「ヤクルトアトムズ」と改名。「スワローズ」になったのは、昭和48年(1973)のこととなります。
スワローズは去年日本一、今年もぶっちぎりの首位で独走していますが、その球団の原点が玉の井の魔窟で「戦争」を行っていた「オヤジ」だったことを知る人は、ヤクルトファンでもさほど多くないでしょう。

彼が会長になった頃、現在も続くヤクルトのある制度が始まります。それがヤクの売人…ではなくヤクルトレディ。
女性が前線に立ってヤクルトを売る商法は、以前から広島など地方の責任者が独自に行っていたのですが、本社の方針として正式採用されたのが昭和38年(1963)のこと。女性を積極的に登用し働ける分野を拡げる一つとして、ヤクルトレディを採用したとあります。当時はまだ

女は家庭にいるもんだ!

が常識だったため、女性を前線に出すということ自体、働き方の常識をぶち壊す革命的な決断でした。
これに関しては、南は直接かかわってはいません。しかし、命を張って玉の井の私娼解放運動を行い、そして貧困と女性が経済活動できるパイ自体の少なさが売春婦が減らない根本原因だと悟った南にとっても、女性の社会進出は自分の理念と合致していたはずです。

南はその後もヤクルトの重石として発展に尽力してきましたが、昭和44年(1969)に体調を崩し入院、会長職に就いたまま胃がんにより翌年1月に死去しました。

2月に行われた南の葬儀に参加した知人が参列者の横を見ると、かつての大臣経験者が彼の遺影を見て一言。

こんな人、もう(日本に)あらわれないだろうな…

「こんな人」とはどんな人かは、その人の胸中しか知り得ません。しかし、身体を張って労働運動に身を投じ、私娼窟という社会から見捨てられたような掃きだめに、一筋ではない光をもたらした南の行動は、のちの社会運動への大きな励みになったに違いありません。

こんなブログもいかがですか?

・『ガマの闘争』南喜一著
・『ガマの聖談』南喜一著
・『玉の井二十五年』南喜一著(『ドキュメント日本人 第5 棄民』所蔵)
・『英雄色を好む : はだか交友録』浅野晃 著
・『ヤクルト75年史』
・『政治家のつれづれ草. 続』前尾繁三郎 著
・『炎の人生 : ガマ将軍南喜一』岡本功司 著
・『追想 南喜一』南喜一追想録刊行会/編集 墨田区立図書館所蔵

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