テクノスジャパン
あまり馴染みがない名前ですが、上のロゴを見れば膝を叩く人も多いはず。
(どちらも大阪新世界のゲーセン『ザリガニ』にて)
『くにおくん』シリーズを作った会社と言えば、大きなお友達にはお馴染みですね。
テクノスジャパンは、上で述べた椎茸栽培会社…もといデータイーストから独立した会社でした。「くにお」とは社長の滝邦夫から取られています。
「くにおくん」シリーズは、当時の世のヤンキーブーム(?)に乗ってヒット作となりました。今でも懐かしいなーと目を細めている人もいるはず。
しかし、それ故に成功体験に溺れたテクノスジャパンは、それ以後ヒット作に恵まれず、さらに何を血迷ったか自社ビルまで建てる始末。これが仇となってしまい、1995年に破産。『くにおくん』というゲームだけを遺し、消えていきました。
コンパイル
こちらも、会社名ではピンとこないと思います。
しかし、このゲームは少なからずやったことはあるでしょう。
あの大人気ゲーム『ぷよぷよ』を作った会社でした。
『ぷよぷよ』のような、上から何かが落ちてくるパズルゲームを「落ち物」というのですが、その代表が、
『テトリス』ですね。
落ち物ゲームは、やもすれば単調すぎてゲーム中に寝てしまいそうなのですが、『ぷよぷよ』は対戦プレイを重視した「バトル」を持ち込み、革命を起こしました。社会現象にまでは至っていませんが、「ぷよぷよしない者は人に非ず」なほどのブームを引き起こした記憶があります。落ちゲーは女性ウケするという傾向がありますが、『ぷよぷよ』でゲームにハマったという女性も多いと思います。
また、この会社はこんな名作ゲームも作っています。
「ザナック」というシューティングゲームです。これはMSXやファミコンでけっこうヒットし、私もやった覚えがあります。ファミコン版は確かディスクシステムでしたが、販売元はコンパイルではなく、ブランド力が高いポニーキャニオンという会社になっています。
他にも、MSX版のロードランナー(販売はソニー)も作っています。
結果として、『ぷよぷよ』で予想以上の大ヒットを叩き出したのが、逆にコンパイルの息の根を止めることとなりました。
質素な生活をしていた人間が、大金を手に入れると人生が狂うとよく言われます。コンパイルはその会社版でした。
すっかり調子に乗ってしまった経営陣は急速に事業を拡大、ぷよぷよ肉まんやぷよぷよもみじ饅頭まで作ってしまう始末。しかし、『ぷよぷよ』以外にこれといった自社ブランドでのヒット作もないのに無理をした結果、これらはすべて大ずっこけ。結局、1998年に経営破綻しました。
のちに他の会社の支援もあって復活するものの、『ぷよぷよ』の地縛霊に取り憑かれたかぱっとせず、2003年に再び経営破綻しこの世から消えることとなりました。
ちなみに、『ぷよぷよ』の版権はコンパイル破産時にセガが取得しており、ユーザー(消費者)的には特に影響はありません。
ご臨終メーカーのアンカーを務めるのはこの会社。
SNK
SNKとくれば、そう、あれです。
NEOGEO(ネオジオ)というハードがあったことを覚えているでしょうか。
「THE 100 MEGA SHOCK!」
という言葉と共に1990年に登場したこのゲーム機、プレステ4なら「THE 50 GIGA SHOCK!」ですが、ゲーセンの格闘ゲームがそのまま移植が売りのこのハード、当時のアーケードゲームの容量がそんなものだったのでしょう。
そのSNKが売りにしてたのは格闘系のゲームですが、カプコンが『ストリートファイターⅡ』(以下ストⅡ)なら、SNKは『餓狼伝説』というゲームでした。
奇しくも同い年、それも同じ大阪のメーカー産のこの二つのゲームは、1990年代前半の格闘ゲームを引っ張る機関車としてゲーマーたちを虜にしました。当然、私はどちらもゲーセンにかじりつきかなりの数プレイしましたが、正直面白さは甲乙つけがたい。現在の知名度はストⅡの方が上ですが、餓狼伝説も同じくらいのクオリティでした。
本社は、大阪府北部の吹田市江坂という場所でした。SNK絶頂期の頃は江坂駅がSNKとNEOGEOの広告ばかり。地下鉄江坂駅が「SNK駅」か「ESK駅」に変わるのではないかと思ったほどの勢いでした。
しかしこのNEOGEO、本体が58,000円、ソフトが30,000円以上(!!)こんなのブルジョアしか買えません。おまけに販売がバブル崩壊直後。バブル絶頂期ならPCエンジンのCD-ROM2(価格はほぼ同じ)のように売れたものの、ちょっと販売時期が悪いんじゃないのかしらん。
それ故最初はレンタルから始めたのですが、これが意外にも好調でした。これで気を良くしたSNKはコストを下げ、家庭普及版を販売させました。
が!!!!
運の悪いことに、「奴」がゲーム界にあらわれます。
それがあの「プレイステーション」(初代)。任天堂との仲が上手くいっていなかったナムコ1やスクウェア2などのヒットメーカーに近づき、ファミコンからの寝返り工作を施すなど準備万端のプレステに、格闘ゲームしか能がないNEOGEOは打つ手なしでした。
のちにCD-ROM版の「ネオジオCD」も発売されるものの、効かぬわとプレステの高笑いのみが響くだけでした。
そして格闘ゲームブームの終焉。
良くも悪くも格闘ゲームしか能がなかったSNKは時代の進化についていけず、2001年に経営破綻しました。その負債額は約380億円、ゲーム界では当時最大の額でした。100 MEGA でSHOCKを起こしたSNKは、最後に380億SHOCKを起こし崩壊しました。
しかし、ググってみたらわかりますが、株式会社SNKは生きてます。
ロゴも同じです。
え?どういうことやねん?お前ウソついたんか?
いえいえ、ウソはついていません。
SNKは破産後、プレイモアという会社にすべての権利を譲りました。そのプレイモアは「SNKプレイモア」となり、2016年に「二代目SNK」に商号を変更、現在に至っています。上にあるサイトは、生まれ変わったSNKであり、ネオジオを作ったSNKとは、関係ないっちゃないのです。
おわりに
このように、ゲーム業界は百家争鳴と同時に、大ヒット作に恵まれても消えてしまう戦国時代でもあります。この記事を見て、あのメーカーが、自分も楽しんだあのゲームを作った会社がなくなったとは・・・とショックを受けた方もいるかと思います。
ゲームには夢があっても、作る側には夢はなし。なんだか砂漠のようなドライな世界を垣間見てしまった、今回の記事でした。
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