芥川龍之介の自殺の原因も!?「暑さから発狂!」の昭和史

暑さから発狂昭和史の新聞記事より 歴史探偵千夜一夜

日本が本格的な夏を迎える時期になるとSNSに出没するのが、以下の新聞記事。

暑さから発狂の新聞記事

暑さから発狂!

この時期になるとSNSに出てくるこの新聞記事(笑

日付を確認すると、昭和2年(1927)7月23日の記事だというのが判明しました。

さて、この時の横浜の気温を見てみましょう。
そんなのわかるのかって?気象庁のHPで確認することができるのです。

1927年7月22日 横浜の天気

最高:32.5℃
最低:24.4℃

けっこう暑いですが、35℃以上は当たり前になった現代に比べたら、32℃はまあ暑いけどまだ大丈夫だよね!?という程度。

しかし、現代より平均最高気温が2〜3℃低かった当時にあって、32℃は相当暑いと思います。

1927年6月下旬の気温
1927年6月下旬の気温

7月の前の月(6月)下旬の気温ですが、現代の基準で考えたらむしろ「涼しい」部類でしょう。

7月上旬もこれより1℃上がった程度の状態が続きました。
7月6〜7日は、1日中雨だったこともあって7月なのに最高気温は25℃程度と過ごしやすい日でした。

ところが!

そのその雨が過ぎると、現在でも「真夏日」と呼ばれる最高気温30℃の日が続きます。

7月17〜18日に至ってはなんと気温33℃を突破。もうこれは限界点突破のような、当時としては酷暑です。

それ以降は気温30℃前後とは言え、少し落ち着きを見せた気温ですが、

22日に急にに32.5℃まで気温が上昇、発狂となったわけです。

1927年7月22日の天気図。
1927年7月22日の天気図。100年天気図DBより

北海道・東北の一部を除き見事な快晴・晴れマーク。
天気図を解説する知識は筆者にありませんが、関東は高気圧に覆われて云々…と言えるのかな。

興味深いのは、最高ではなく「最低」気温。
最高気温33℃を突破した7月17〜18日の最低気温は23℃。この気温なら夜はぐっすり寝ることができたことでしょう。

ところが、この最低気温が22日前後で24℃以上と上がっていくのです。
そして、「発狂の日」は最低気温が25℃。
これは連日の「夜の暑さ」で不眠となり、当日のクソ暑さで「発狂」してしまったのかもしれません。

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