東京都

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遊郭・赤線跡をゆく

八王子・田町遊郭の現在|場所・行き方・現在の様子は?

東京都八王子市の田町周辺には、かつて全国的にも中規模の遊郭が存在していました。現在は住宅地や倉庫、商店と姿を変えているのですが、現在でも遊郭・赤線だった時をしのぶ建物が残っています。また、かつての区画や道筋、大門跡とされる場所などに、その痕...
歴史探偵千夜一夜

1945年9月 終戦直後の東京駅の航空写真

終戦間もない東京駅の空撮8月の終戦からさほど時間が経っていない昭和20年(1945)9月、米軍が撮影した東京駅の写真があります。出典:出典: 当時の東京駅の空撮です。非常に情報量の多い写真ですが、私の興味を引いたのは次のことでした。丸の内口...
遊郭・赤線跡をゆく

府中遊郭(東京都府中市)|遊郭・赤線跡をゆく|

東京の府中市、非東京民の中では東京の郊外市の中でも知名度が低めですが、鉄道が交わる交通の要衝であり、刑務所があり、そして競馬場がある。そんな東京都府中市にも、遊郭や赤線があったことをご存じでしょうか。現在の穏やかな街並みからは想像しにくいで...
遊郭・赤線跡をゆく

記録映画『赤線』から見る吉原のカフェー|遊郭・赤線跡をゆく 番外編|

赤線時代の吉原を映した貴重な映像(前編)(後編)昭和33年(1958)、売春防止法が完全施行となり赤線の灯が消えましたが、その寸前の東京吉原を映した映像が残っています。当時警視庁の風俗営業取締部門に勤務していた小野常徳氏が自らカメラを持ち、...
遊郭・赤線跡をゆく

性地巡礼 東京の元赤線、鳩の街のカフェー建築|遊郭・赤線跡をゆく|

戦後間もない東京に彗星のように現れた大型新人特飲街、鳩の街。寿命10年ちょっとで売春防止法によってその灯を消したものの、その名前は伝説として現在も残っています。歴史編は下記からどうぞ。本編は、現在の鳩の街はどうなっているのか、伝説のカフェー...
遊郭・赤線跡をゆく

洲崎遊郭跡地を歩く|「洲崎パラダイス」の現在【性地巡礼】

帝都東京にあった遊郭、そして日本有数の規模の遊里でありながら、遊郭界の巨人こと吉原遊郭の陰として永遠のナンバー2を宿命づけられた州崎遊郭。今回は、その遊里跡を歩いていきます。といっても、通史編のとおり戦前の遊郭は空襲で跡形もなく焼けてしまい...
歴史探偵千夜一夜

二・二六事件 山下奉文旧宅跡を訪ねる

山下奉文という人物をご存じでしょうか。陸軍軍人で、「奉文」という名前が「ともゆき」というなかなか難読な人でもあります。なお、「ほうぶん」と音読みしている人もいます。「マレーの虎」という異名で知っている人もいるかもしれません。昭和史のターニン...
遊郭・赤線跡をゆく

吉原遊郭の遊女は関東大震災で死んだ!?その真相は!?

吉原遊郭の観音ー吉原の遊女は本当に「溺死」したのか!?吉原遊郭にはかつて大きな池がありました。その池の跡には、大きな観音様があります。大正12年(1923)の関東大震災で吉原も灰燼に帰しました。火焔と煙で人々は池に飛び込み、約600人が溺死...
遊郭・赤線跡をゆく

ガマ将軍南喜一から見た玉の井|おいらんだ国酔夢譚番外編|

東京最大の私娼窟、玉の井。花魁遊郭の吉原とはすべておいて対象をなす「私娼窟界の吉原」。その玉の井の歴史を語る上で、避けられない人物が二人います。一人は文豪永井荷風。規模は大きいとは言え、一介の曖昧屋の集まりである玉の井の名を全国区にした名作...
遊郭・赤線跡をゆく

性地巡礼 玉の井の赤線跡を歩く|遊郭・赤線跡をゆく|

戦前の日本最大の私娼窟玉の井。戦後に栄えた赤線跡を実際に歩いて当時の建物を探索した。
遊郭・赤線跡をゆく

鳩の街の特飲街 その短くも太い歴史|遊郭・赤線跡をゆく|

永井荷風などが通い、吉行淳之介の小説のモデルにもなった伝説の赤線、鳩の街の歴史を様々な角度から語る。
遊郭・赤線跡をゆく

八王子・田町遊郭の歴史|宿場町から赤線までの変遷史|

東京の郊外都市、八王子。東京23区から離れた西の端の八王子田町遊郭の歴史を解説。宿場町の飯盛女から始まり、明治時代の田町への移転、大正・昭和の発展、戦後の赤線、そして売防法による終焉までの変遷史。
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