日本軍=坊主頭!?

日本軍坊主頭歴史エッセイ
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 軍は何故丸刈りなのか

軍隊の丸刈りは、何も日本軍だけではありませんでした。
同時期のソ連軍も一般兵は丸刈りだったし、アメリカの軍士官学校生徒は今でもクリクリの丸刈りです(女生徒はベリーショート)。
韓国軍も、芸能人が入隊する時は坊主頭にしているので、やはり坊主頭なのでしょう。
ただ、現代の世界レベルで見る「坊主頭」は、今で言えばスポーツ刈りくらいのようです。

しかし、何故軍隊=坊主頭なのでしょうか。

私が考えるいちばんの理由は、やはり衛生面。
100年前までの戦争でのいちばんの敵は、敵兵ではなく戦場での流行り病でした。
それまでの戦争は「戦死者<戦病死者」。以前にどこかで書いた記憶がありますが、日清戦争での「死者」はこんなふうになっています。

□日清戦争で死亡した陸軍兵士の数及び死因

戦死:1,417人
変死・不明:177人
戦病死:11,894人
(陸軍参謀本部統計)

死者の総数に占める戦病死者の割合は88%。戦場に散ると書くと勇ましいが、現実は「病死」だらけでした。

この戦病死の割合がいちばん高かったのが、「脚気」という病気。赤痢やコレラなどもあったものの、明治の日本軍の戦病死率トップはこれ。
これは伝染病ではなく、ただのビタミンB1欠乏症ですが、軍隊には「白米食べ放題」という特権があったので、ごはんを「おかず」にした結果、脚気で倒れる人が続出しました。
陸軍と脚気との戦いは陸軍消滅まで続いたのですが、陸軍がある製薬会社に研究をお願いした「脚気予防薬」が、

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今のアリナミンAです。陸軍の薬イコール正露丸とイメージする人が大多数ですが、実はアリナミンシリーズもそう。もっとも、開発中に依頼主が消滅しちゃったので、正露丸ほど知られていません。

ソースはNHKスペシャルですが、世界史上ではじめて「戦死者>戦病死者」になった戦争は日露戦争でした。それでも、陸軍の脚気患者が25万人も発生し、その10%にあたる5万人が戦病死となっています。

死ぬまでとはいかないものの、戦場の兵士のいちばん身近な悩みのタネは、蚤虱。ノミとシラミです。ノミシラミは戦争だけでなく、戦後に私の両親(DDTを頭からぶっかけられた世代)も悩まされたそうですが、髪が長いとシラミが奥に入り、なかなか退治できなくなります。
シラミはかなり痒くてうざいらしいのですが、丸坊主だと手で払うだけで退治がしやすいという理由もあるのではないかと。

また、負傷した時の手当のしやすさもあるかと思います。
戦争では、頭部をケガする確率が高くなり、しかも迅速に対応する必要があります。
ヘルメットをかぶっているから大丈夫じゃないかと思われがちですが、普及したのは第一次世界大戦の時です。
坊主だと傷が発見しやすく手当が早く、戦死者が減るというメリットがあります。

そういう意味では、丸坊主も理にかなった髪型というわけなのですね。

昔は丸坊主になれというと、思春期真っ只中に坊主なんてイヤだ、絶対にごめんだと思っていました。が、年齢を重ね頭の砂漠化が進行し、髪の毛が薄くなってなってしまった現在、今なら…今なら坊主にできるかも!?

そんな意味のないことを思いながら、今日も砂漠化進行中の私の頭上には冷たい風が吹いています。

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コメント

  1. 「零戦虎徹」の撃墜王、岩本徹三さんの写真も長髪姿ですね

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