噴泉浴場-新世界スパワールドの「前世」をさぐる

大阪史
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噴泉浴場のその後

噴泉浴場がオープンした大正2年から電気旅館ができる7年までは、日本は第一次大戦の軍需景気で未曾有の好景気となりました。今に言う「大正バブル」です。

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この絵、学校の歴史の教科書で見たことがある人も多いはず。

この絵の正式名称は「成金栄華時代」と言うみたいですね。私も調べて今知りました。

 

いわゆる「成金」の絵ですが、おっさんが燃やしているのは100円札です。大正時代の100円は、東大卒のキャリア官僚の初任給が90円だった時のもの。今なら20万円くらいでしょうか。

今20万円を燃やせと言われたら、絶対に首を縦に振らないと思いますが、それくらいバブルだったということなのです。

しかし、第一次大戦が終わると「大正バブル」は崩壊、一気に不景気に突入します。景気が悪い雰囲気のまま昭和に入るのですが、噴泉浴場はそんなの関係ねーとばかりの大盛況。大正時代を通した入場者数は、1日1万人以上だったという記録が残っています。

その繁盛ぶりを物語るか、昭和2年(1927)には設備を拡充します。屋上運動場や25メートルの男女別プールまで新築しています。

しかし、繁栄は戦争によって急速に萎み始めます。戦争前や戦争中の記録は見つけていないですが、おそらく「贅沢は敵だ」の掛け声のもと、規模は縮小されていたと思われます。

 

噴泉浴場は、昭和20年(1945)の大阪大空襲で跡形もなく焼けてしまった…とされています。

 

しかし!そんな説など鵜呑みにはしないのが私のモットー。今まで「空襲で焼けた」と言われていたものが、資料をほじくって調べると実は焼けていませんでした・・・なんてことは、何度も経験してまいりました。

今回も、本当かどうかこの目で確かめてみようと思います。といっても、過去にタイムスリップするわけではありません。

 

さて、いつもの航空写真で新世界を見てみましょう。

 

昭和23年(1948)天王寺、新世界航空写真

 

昭和23年(1948)撮影の、天王寺駅から天王寺公園、新世界あたりの航空写真です。

終戦から3年が過ぎているとは言え、天王寺近辺や現あいりん地区は空襲の被害を受けていないようですね。なお、新今宮駅は昭和39年開業につき、この写真当時は存在しません。

赤い丸のあたりに噴泉浴場がありました。ここで拡大してみると・・・

 

昭和23年(1948)撮影航空写真。新世界ジャンジャン横丁付近

赤で囲んだ噴泉浴場があった場所に、建物が建っていることが目視できます。

下の黄色で囲んだ場所には、「電気旅館」があったはずです。ここは写真の解像度の関係で建物の有無は微妙ですが、庭園のような広場のようなものは見えます。

建物が残っている「焼けた」とは言い難いが、焼夷弾で内部は全焼した…のかもしれない。これが現時点での私の結論です。

 

現在の噴泉浴場跡の姿

ジャンジャン横丁をスパワールド側から歩いていった終点の右側が、噴泉浴場の跡になります。

 

朝日理容-噴泉浴場の跡

 

角に「朝日理容」という散髪屋があるのですが、ここが浴場の跡の角となります。

しかしまあ、800円は安いな。写真見て気づいたけど、ついでにここで髪切ってもらったらよかったか(笑

しかし、その後再び訪ねてみると!

新世界朝日理容閉店

シャッターが閉まっており、そこには張り紙が。「しばらく休業します」と書いてあったのですが、張り紙を覗き込んでいると近所のおっちゃんが、

「もうここ、潰れたで」

と。

 

噴泉浴場の事を書いたサイトやブログは、「朝日理容」がある側を「入口」としていることが多いのですが、

 

噴泉浴場-大阪市パノラマ地図より

(『大阪市パノラマ地図』より)

 

上で挙げた地図を見ると、天王寺公園側がメインの入口のように思えます。

 

新世界噴泉浴場絵葉書

 

上に挙げた写真は、「朝日理容」側ではなく、反対側の天王寺公園側ではなかったかと。

偶然手にした本にも、

「新世界の東南。天王寺公園と接した場所」

と浴場の位置を書いているので、

 

噴泉浴場跡ーかつてのメイン入口側か

 

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こっち側ではないかと推測します。

 

新世界電気旅館の跡(スパワールド第二駐車場)

 

隣りにあった「電気旅館」は、現在スパワールドの第二駐車場となっています。

 

戦前は繁盛した浴場も、戦後は「電気旅館」ごとなくなり、映画館を経て現在は往時を偲ぶものは何も残されていません。

それ故今は人々の思い出に残る、いや時代の流れで知る人ぞ知る過去の遺物になった噴泉浴場でしたが、そのDNAはスパワールドに残されて、現在に存在している。

私はそんな気がしてなりません。

 

□SPECIAL THANKS

コメント

  1. とえ より:

    生まれたときから大阪にいながら、知りませんでした。

    電気というのは、この時代の最先端を思わせる売り込みワードで、とにかく意味なくても、何でもつけたらしいですね。洋酒の電気ブランが代表ですが、こんなとこにあったとは。

    貴重な情報ありがとうございました。

    • 米澤光司 より:

      >とえさん

      コメントありがとうございます。
      私も噴泉温泉は本文のとおり、偶然手にした本を見てないと今も知らなかったかもしれません。偶然知ったことでここまで書けるとは歴史は面白いです。
      「電気」は、調べてみると和歌山の白浜にも「電気旅館」があって、たぶん当時の流行語のようだったようですね。
      それにしてもややこしい名前つけやがって(笑

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