神戸大空襲と街中に残る戦争の傷跡-空襲75年目に添えて

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商船三井ビルディング

 

商船三井ビルヂング

神戸商船三井ビルディング

洋風建築が多く残っている神戸の海岸通りの中でも、ひときわ存在感の大きいのがこの商船三井ビルディング。曲線を多く使っていることもあってが、その威風堂々とした姿と裏腹に、女性的な母性を感じます。

 

神戸商船三井ビルディング機銃掃射跡

商船三井ビルディング銃痕

他の建物の例に漏れず、ここにも機銃掃射の跡が建物の足元に残っています。「建物に被害を与える」のであれば、こんな下の部分を狙う必要はないはずで、おそらく逃げ惑う人間を狙ったものだと思われます。

しかしながら、商船三井ビルディングの機銃掃射の跡を紹介しているほとんどのサイトは、この下の方しか見ていません。先に言っておこう、君らの目はどこについているのだと。

 

神戸商船三井ビルディング機銃掃射側壁

商船三井ビルディング機銃掃射

上向け上すると、側壁には無数の銃痕の跡が。後で埋められた孔のひとつひとつがすべて銃痕、それはもう、心が痛くなるほどの修繕の跡が…。神戸に残る機銃掃射の跡の中でもここがいちばん生々しく、かつ痛々しい姿を現在に晒し戦争の酷さを訴えています。

神戸商船三井ビルディング戦争空襲

西側壁面はこのとおり。壁の色が少々黒ずんでいるところは機銃掃射の痕。均等に穴が開いているところは耐震加工の跡ではないかという声もありますが、間近で見るとそうも思えない。遠くから見てみても、それが広範囲に広がっていることが、この写真でわかるかと思います。

 

海岸ビルヂング

あれ?もう海岸ビルは紹介済みじゃないの?

デジャブーのような感覚に襲われるかもしれませんが、すでに紹介済みの「海岸ビル」と、今回紹介の「海岸ビルヂング」は別物。前者は三宮後者は元町と場所も若干違います。

しかし、同じ道路沿いなのでややこしい。設計者も同じなのでさらにややこしい。かく言う私も写真整理でファイル名をつける際、少し混乱しました。

 

神戸海岸ビルヂング

こちら「海岸ビルヂング」は、旧兼松商店本社(「日豪館」)として明治44年(1911)に建てられたもので、「海岸ビル」より7年先輩です。

今でも威風堂々とたたずむ建物は、見方を変えれば弱肉強食の世界だった19世紀の帝国主義の中、日本が欧米列強に対して行った精一杯の見栄であり、威嚇でした。俺たちも欧米並、いやそれ以上の建物を作ることができる実力があるのだと。

 

神戸海岸ビルヂング戦争機銃掃射

このビルヂングにも、よく見ると機銃掃射の銃痕を確認することができます。

 

 

神戸元町海岸ビルヂング戦争銃痕

角度を変えて撮影するとこのとおり。明らかに弾が当たって凹んだ部分や、銃痕をセメントかなにかで埋めた跡がくっきり見えます。

この銃痕、実際に見ればわかりますが、けっこう大きい。石やコンクリートの壁でもこれだけの穴が開くのだから、人間がまともに食らったらひとたまりもありません。頭に直撃したら…間違いなく首より上の原形をとどめないでしょう。

そんな口径の銃を人間に向けて撃つのだから、戦争の狂気というものは計り知れません。

 

エルメス

 

神戸大丸の裏に位置する名ブランドの直営ショップですが、実はこんなところにも…

 

神戸エルメス銃痕跡

他の建物と比べて発見難易度は非常に高め、よほど意識しないと気づかないですが、弾痕がわかりますか?

神戸エルメス大丸機銃掃射

弾痕の部分が後で違う色のセメントで埋められた跡がよくわかるアングルです。

 

他の建物と比べてエルメスがわかりにくい理由は、銃痕の大きさが他より小さいから。他の建物を見た後にここを見ると、小さくてよーく目を凝らさないとわかりにくいのです。戦闘機についてはよくわかりませんが、備え付けの銃の口径が小さいものもあったのではないかと、痕を見るに推測できます。

エルメスショップの前を通る人は多けれど、今日も数千人、いや数万人?が銃痕に気づくことなく通り過ぎていきます。

 

JR元町駅

ここまで神戸市中心部の戦争の痕を探し回った結果として、ある疑問にぶつかりました。

JR三ノ宮駅や阪急神戸三宮駅には、いまだに生々しい銃痕や焼夷弾が落ちた跡が残っていますが、元町界隈もかなり空襲を受けたはず。だったら元町駅にも痕が残っていないのか?

現在のJR元町駅が開業したのは昭和9年(1934)なので、もし機銃掃射などの空襲を受けていれば、三ノ宮のように誰も意識しないところに痕が残っているかもしれない…

そんな疑問を自己解決すべく、元町駅へと足を向けました。

 

三ノ宮駅には、もしかして弾丸が当たった跡ではないかと思われる凹みや、明らかに貫通した箇所が屋根を支える鉄柱などに散見されましたが、元町駅の端から端までチェックしたところ、そういう痕は見つかりませんでした。

しかし、確信は持てないものの、これは銃痕ではないのか?と推測できるものも、なきにしもあらずでした。

 

JR元町駅戦争銃痕跡か

壁に何箇所か、不自然な孔が開いています。

しかし、これはただの目の錯覚かもしれない。正直なところ、自信は全くありません。いや、やっぱり気のせいかな(笑)

 

これらの建物は、戦前から残っている貴重な建築でもあるので近代建築マニアの方には
「神戸に来たら一度は見ておけ」
というほど有名です。
神戸史、いや日本近代史に燦然と輝くこれらの建物の美を堪能するのは当然です。しかしながらその側面にある「傷」があることを知ると、その建物がより立体的に見えるのではないでしょうか。

JRと阪急の三宮(三ノ宮)駅に残る戦争の傷跡は、下のリンクをどうぞ。

 

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