米澤光司

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遊郭・赤線跡をゆく

府中遊郭(東京都府中市)|遊郭・赤線跡をゆく|

東京の府中市、非東京民の中では東京の郊外市の中でも知名度が低めですが、鉄道が交わる交通の要衝であり、刑務所があり、そして競馬場がある。そんな東京都府中市にも、遊郭や赤線があったことをご存じでしょうか。現在の穏やかな街並みからは想像しにくいで...
歴史探偵千夜一夜

阪和線津久野駅前の団地「津久野住宅」

日本住宅公団(以下、公団)によって開発された、阪和線津久野駅界隈。昭和35年(1960)に建設された向ヶ丘第一団地のお膝元として歩んできましたが、それはすでにありません。サンヴァリエ津久野という洒落た名前のURマンションになっています。昔の...
戦争遺構をゆく

【大阪の戦争遺構】三光神社ー一本足の鳥居

三光神社に残る戦争の傷跡大阪環状線の玉造駅から西へ徒歩5分にある真田山に、三光神社があります。見た目に反してかなり古い神社で、神職は世襲制で現在は86代目だそうな。ここが全国区で有名になったのは、大河ドラマの真田丸から。神社がある真田山には...
遊郭・赤線跡をゆく

敦賀遊郭跡(福井県敦賀市)|天満神社周辺にあった花街と赤線の歴史・場所を解説

敦賀市には、かつて天満神社周辺(栄新町)に遊郭が存在しました。本記事では敦賀遊郭跡の場所や歴史、戦後の赤線時代、敦賀空襲による消失、現在の街並みまでを写真と資料をもとにわかりやすく解説します。
歴史探偵千夜一夜

東京から敦賀を走ったボートトレインー欧亜連絡国際列車

2025年3月、敦賀港駅が140年の歴史に幕を下ろしました。鉄道駅としては、2019年に一足早く廃駅となったのですが、その後もJR貨物のコンテナ集積場「つるが港新営業所」として営業を継続していました。が、それも今年3月で業務終了となったわけ...
戦争遺構をゆく

【神戸の戦争遺構】神戸郵船ビルに残る機銃掃射の弾痕

神戸郵船ビルは、大正7年(1918)に日本郵船神戸支社として建てられた、今年で築101年の重厚な建物です。1994年に大改築された際に耐震補強も施されたのですが、完成した途端に阪神・淡路大震災。もしこれがなければ、前述の海岸ビル同様全壊して...
遊郭・赤線跡をゆく

和泉市の信太山新地とは|大阪泉州に残る風俗街の歴史と現在|

大阪の現役の風俗街として有名な信太山新地。だが、いつ成立したのか?いつから現在の場所で営業してるのか?その歴史は知られていません。本記事では、信太山新地の歴史に焦点を絞ってわかりやすく解説します。
遊郭・赤線跡をゆく

長浜南片町遊郭(滋賀県長浜市)|遊郭・赤線跡をゆく|

長浜は、言わずと知れた羽柴(豊臣)秀吉が初めて城主となり開発した町です。そんな長浜が今、あることで盛り上がっています。それはノーベル賞。2025年ノーベル医学・生理学賞受賞者の坂口志文氏はここ長浜生まれ。学校も地元の小中高を出て京大へ進んだ...
歴史探偵千夜一夜

朝鮮を走った暁の超特急「あかつき」

朝鮮を走った高速特急列車 「あかつき」「特急 あかつき」こう書くと、かつて関西〜九州(長崎・佐世保)間を結んだ寝台特急ブルートレインを想起する人が多いと思います。これも一度乗りたかったし、乗る機会もあったのだけど、乗れないままなくなってしま...
遊郭・赤線跡をゆく

阿部定がいた「大正楼」は本当に大正楼なのか? 京口新地の謎

兵庫県丹波篠山市にあった遊郭、通称「京口新地」にあった「大正楼」…とされる元妓楼。かの阿部定も娼妓として働いていたことで、一躍有名になりました。2025年10月撮影残念ながら崩壊の危険があると2019年に解体され、数年間の更地を経て現在はア...
遊郭・赤線跡をゆく

丹波篠山の京口新地−阿部定もいた遊里|遊郭・赤線跡をゆく|

関西の、どちらかというと内陸の奥地に属する今の丹波篠山市は、武家屋敷が現在でも残る観光の町。今は歓楽街とは無縁のせいか、遊廊とか赤線ってイメージが全く思い浮かばないですが、その昔、確かに遊郭は存在していました。今回は、そんな丹波篠山にあった...
遊郭・赤線跡をゆく

大和郡山・洞泉寺遊郭跡の町家物語館(旧川本楼)のハートマーク(猪目)

奈良県大和郡山市の町家物語館に残る“ハートマーク”の正体とは?実は魔除けの意匠「猪目(いのめ)」だった。町家物語館の「ハート」はそれだけの意味じゃない!?その意味を詳しく解説。
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